目を覚ますと、僕はゼリーだった。

こんにちは、山口フォトです。今月もやってきました、アンサー小説。

アンサー小説とは、SAKRA.JPトップページに行きまして、スマホだと月の変わり目、PCで見るとカレンダーの下にあるイラスト。そのイラストからインスパイヤされた物語を紡ぐという、才能の無駄遣いコンテンツです。

今回も小説を書いてくれるのは、ライターでありランナーの若岡くんです。今回で3回目。過去のは頑張って探してください。(うそです文末にあります。)ではよろしくお願いします。


目を覚ますと、僕はゼリーだった。

まぶたを閉じたままでも、朝が来たのは感じられた。直前まで夢を見ていたようで、目尻から涙がこぼれようとしていた。着ているカットソーも枕も、びっしょり濡れていた。

湿った枕をずらして、不快感を少しばかり取り除く。頭の中はまだうつろだった。ベッドで横になったまま、いつものようにイメージする。意識を覚醒させるための儀式のようなものだ。

毎日繰り返している映像を頭の中に再現する。

僕は眠りという白いもやの中にいる。もやはとても深く、自分の存在すらも見ることができない。その中を僕は歩き続ける。恐るおそる、慎重に。やがて、もやは薄らぎ、僕は抜け出していく。そして、徐々に自分の輪郭を取り戻していくのだ。

普段は布団にくるまったまま、五分ほどイメージの世界を散歩すれば、一日が始まるのだが、こんな日に限って、うまくいかなかった。もやが晴れないのに、今日という日に放り出されてしまった。

途方に暮れそうになる。目覚めが悪いのは、なにか悪い夢を見ていたからなのだろうか。

まだ、ぼんやりとはしているが、それでも徐々に脳が起きつつあった。意識を集中させ、夢の中身を思い出そうとするが、こちらも思わしい成果は挙げられなかった。

どれだけ記憶をたぐろうとしても、電源を落としたパソコンのように、パチンと目の前(目を閉じていてもこういうのだろうか)が真っ暗になってしまう。

やれやれ、こんな日は何をやってもロクなことがない。

目を開くと、見慣れた模様の木目が並んでいた。天井に使われている無垢材だった。前の住人が張った、トーテムポールに使われるとかいう木板で、妙にこだわっていたそうだ。

自分に起きた異変に気づいたのは、涙の跡をぬぐおうとした時だった。顔に近づけた自分の指がいつもと違っていた。スイッチが入ったように、鼓動が早くなる。

どこか、おかしい。

そう思いながらも、気のせいに違いないと言い聞かせる。大きく息を吸う。

きっと、そうだ。薄暗がりの中だからに違いない。息を吐こうとするが、小さく震えているのが自分でも分かった。心臓の音がうるさい。

上半身を起こしてカーテンを開け、さらには部屋の明かりをつけた。そして、肩の高さで腕を伸ばす。

「ひっ」

再び肺に空気を送り込もうとして、呼吸が止まった。うるさかったはずの心臓の音も、だ。

奇妙なほどの静けさに包まれながら、目の前に広げた両手をまじまじと見つめた。天井の模様なんかよりも、見飽きるほどに見ているはずの自分の手を。エメラルドをじっくり鑑定するかのように眺めていた。

いろんな角度から眺めた鑑定の末に分かったことがある。僕の手は、透明な緑色をしていた。まさにエメラルドのようだった。

グー、パー、グーパー。握っては開いてを繰り返す。僕の意思を反映して、手の形は変わるから、目の前にあるのは僕の手で間違いないのだろう。ためしに右手で左手を触ると、右手には触っている感触、左手には触られている感覚があった。やはり、この手の所有者は僕で間違いなかった。

窓を開け、朝日にかざした僕の手は不自然なくらいにキラキラと輝いていた。遠くに小鳥のさえずりが聞こえた。いつもと変わらぬ朝だ。たぶん、僕以外は。

いったい、どうしてしまったんだろう。どうなるんだろうか。自分だけが世界からはじき出されてしまった。

呆然として両手を見つめる。太陽の光を透き通らせているのに、僕自身の今後はまったく見通せやしない。手首も同じような透明度だ。その先がどうなっているかは、まだ考えたくなかった。

夢から覚めたはずが、現実はできそこないの夢よりも非現実的だったのだ。いや、こんなことを考えていることさえも夢に違いない。そう思い直し、横になって再び目を閉じる。いっこうに眠ることなどできなかった。しばらく目を閉じたまま抗ってから、目を開ける。見えているのに、真っ暗闇の中にいる気分だった。

また天井を見るともなく、見て気持ちを鎮める。時間が経つにつれ、なにかの拍子に色素がなくなっただけだとか、DNAの変異ですぐに元に戻るだとか、ひょっとすると今まで見た手首までがおかしいだけ、最小限の異変なのだと言い聞かせるようになっていた。

これは大したことではない。そうであってほしい。そう祈りながら、カットソーの袖を肘までまくる。頭は下を向いたまま。それほど注意して見ていたわけではないが、昨日までの腕は小麦色どころか、ライ麦のパンのようにこんがり日焼けしていた。

何度か深呼吸をしてタイミングを図る。自分を安心させたくて、意を決して上を向く。

ほら、ライ麦が……。

あるはずだったところには、美しいエメラルドグリーンが伸びていた。

体が震えてきた。両手で肘をつかんで震えを止めようとするが、おさまるどころか震えは大きくなっていく。透明な腕が、ふるふると揺れていた。

人間の肌とは異なる揺れだ。ゼリーのようだった。呼吸が浅くなる。動揺を吸収して、腕はさらに揺れていた。

喉が無性に渇いていたが、意思に反して震えるだけで僕はどこにも動けなかった。

そう、どこにも動いていなかったのだ。不思議の国に迷い込んだわけでもないのに、ある朝、目を覚ますと、自分であったはずの体が自分ではなくなっていたのだ。知らぬ間に。唐突に。

いったい、これは何なのだ。何が起こったのだ。昨日までの世界はもうなくなったのか。あるいは世界はそのままで、僕だけが作り替えられたのか。何も分からなかった。感じたことのない、言い知れぬ感情が僕を襲っていた。

これは絵本に出てくる物語でも、何の比喩でもない。僕の身に起きた物語であり、日記である。


緑色のミステリー!続くの、かな?
どうなんだろ。どうなの?
最近の若岡くんは、連休中山を走ってきたようで、
「おはようございます! くじゅうから、えびの高原まででした。270kmくらいです。ふう」と。
怖い人だ。ではまた〜。

これまでの若岡くんのアンサー小説

その1 羽根を休めた場所がたまたま寿司の上だった、というだけの話。

その2 ナポリタンとタコの間をつなぐフォークに生まれて。