ナポリタンとタコの間をつなぐフォークに生まれて。

こんにちは。山口フォトです。スマホだと月が変わるところに、PCだとカレンダーの下にある挿絵。今月はタコがフォークを持ってます。この挿絵に応えるかたちで作られるアンサー小説。前回に引き続き、ランナーでライターの若岡くんがかいてくれました。それではどうぞ。
(ナポリタンの写真提供:and recipe 山田英季


あの洋食屋はまだドアを開けっぱなしにしているのだろうか。
海沿いの高台に立つ、大きな窓から風がよく通る店だった。最後に行ったのは父と私、2人だけ、まだ幼かった日の思い出。遠ざかっていく日々のことだ。

そんなことを思い出したのは、とっさに入ったファミレスで、気まぐれにナポリタンを注文したからだろう。

無意識に持ち出したバッグに小銭入れが入っているのを見つけ、手持ちのお金を確認し終えると、急に空腹感に襲われた。

ムリもない。昨日の夜に家を飛び出してから、街中を当てもなくさまよっていたのだ。

時刻は午前3時を過ぎていた。窓の外には降りはじめたばかりの雨。大きな粒がガラスにぶつかり、自分の重さに耐えかねて流れ落ちていた。この店に雨宿りのために立ち寄り、腰を落ち着けたことで少し冷静になれた。

気持ちが落ち着くと、どうして私が部屋を飛び出さなきゃいけなかったのかと、自分自身の行動にあさはかさが腹立たしくなった。

2人で生活する部屋に浮気相手を連れてくる。その神経が理解できなかった。あえて連れてくるなんて。私がいないと思い込んでいた恋人は、あわてて白々しい言い訳を始め、その横で居直っていた浮気相手はこちらに挑戦的な笑みを浮かべてきた。

言い訳を並べて重箱のように積み上がるほどに、住み慣れた自分の部屋が奇妙に歪んでいく。耐えられなくなり、その場を離れたい一心で飛び出してきたのだった。

「お待たせしましたぁ」 夜明け前の疲れきった時間帯に似つかわしくない陽気さとともに、店員がナポリタンを卓上に置いた。

うっすらと上がる湯気も赤く見えるほど、皿の上はすべてがケチャップに染まっていた。父と食べたナポリタンもそうだった。

パスタじゃなくてスパゲッティ。しっとりじゃなくてベットリ。アルデンテなんて知らないと言わんばかりにふやけた麺。色々と補正をかけて、よく言うと昔ながらのナポリタンだった。

ケチャップが絡まりすぎて、にちゃりと湿った音がしそうなスパゲッティが気持ちも湿らせる。あの日の父もこんな気持ちだったのだろうか。

「足が多けりゃあ、股が多けりゃあいいってもんじゃねえ」 タコの形をしたウィンナーをフォークにさした私に向かって、父がつぶやいた。私に、というよりは、ウィンナーに向かって話しているようだった。当時の私には、父の言葉の意味がよく分からなかったものの、口下手で寡黙な父が食事中に話しかけるのは珍しかった。タコさんウィンナーの先にある父の顔を、私はじっと見つめていた。

その視線に気付いた父が、今度は私の目をのぞきこむように話しかけてきた。

「タコみたいに足がいっぱいあればいいってもんじゃねえんだ」

唐突な話題だった。無言の私になおも話しかけてくる。

「フォークはなぁ、足の多いタコをうらやましく思ってたんだけどな。ある日、タコがスパゲッティを食おうとしたら、自分の足じゃうまく食えなかったんだ」

それから、どうなったの。首を傾げて話の続きを促す。

「それでよ、フォークを使って食うことにしたんだ。フォークは大喜びだ。足の多いタコに勝ったってな。どうだ、わかるか」

深刻な表情で尋ねてくる。荒唐無稽な話と、その表情がとてもミスマッチで、
「変なの」
よく分からない作り話に、私は吹き出してしまった。

本当は父の話よりも、この日はどうして母がいないのかということの方が気になっていた。そして、そのことに父が触れようとしないことも。不穏な何かを幼心に感じ取り、笑い飛ばして気を紛らわせたかった。

後々知ることになるのだが、この日から1週間後に両親は離婚してしまう。
原因は母が他所で男をつくってしまったことにあった。仕事で家を空けることが多く、すぐに飲みに行ってしまう父にも遠因はあったのだろうが、とにかく母の不貞が父の知るところになった。それが決定的だった。

父と同じように浮気をされた今でも、あの時に例え話をしてまで父が言いたかったことはよく分からなかった。

目の前のフォークを手に取る。タコより股が少なかろうと、フォークにも股が3つある。フォークも十分に股が多い。そもそも、あの人は股をかけるなんて表現が子どもに通じると思っていたんだろうか。

本当に下手な例え話だ。
「変なの」
あの日と同じ言葉をつぶやいてしまう。悩んでいたのが、バカバカしくなり、クスッと笑ってしまった。

温かだったナポリタンはすっかり冷めていた。だらしなくのびたスパゲッティと違い、私の置かれている状況は何も変わっていないし、これから取るべき正しい行動が何かも分からない。

でも不思議と悪い気はしなかった。これからどうしようかな。選択肢はフォークの先のようにいくつにも分かれている。


今月も才能の無駄遣いをしていただいたきました。これをかいてくれた若岡君は、長い夏休みを堪能中で、密を避けて日本全国の山や、道を走ったり歩いたりしているようです。

「潮風トレイル」というもので八戸からスタートして海沿いを歩きながら目的地の気仙沼の大島に昨日ついたようです。

先日、パソコンが壊れたとのことで、この小説も紙にかいたものをスマホで清書するという修行のようなことをしてくれました。ありがとう。若。

どうぞ、「おたより」から感想などいただけましたら若岡君も喜びます。食べ歩きを堪能している様子をSNSの写真よりおとどけします。

この景色と料理を食べながら、タコの小説かいてくれてありがとう。では皆さんまたお会いしましょう。