ガラスまでのディスタンス。

高いところが苦手です。
その割に、展望台から眺める街の景色が好きです。

展望台に上って、真下の景色を見るのが苦手です。
遮るものがない場所で、遠くの景色を見るのは好きです。

高いところが苦手なのに、ゾワっと足元から頭の先まで抜ける感覚を味わいながら展望台には上ってしまいます。展望台に行こうかなと思うたび、窓際のガラスに立った自分を想像して、あのゾワっとが克服されていたらいいのにと、思うのです。

あまり積極的に外出をしなかった期間のせいもあって、渋谷のスクランブルスクエアにある展望台にはまだ上っていなかった。

どのくらいギリギリまでガラスに近づけるか。
ちょっと試してみたくなって、スクランブルスクエア46階の展望台「SKY」に立ち寄ってみました。

渋谷には展示や仕事でちょこちょこ来ているのに、新しくできた商業施設をゆっくりみて回ることもなく。この春はポッカリと季節が抜け落ちていたんだなぁと、改めて思います。今年は長すぎた梅雨。あれほど欲しかった太陽の光が、今日も渋谷をじりじり照らして。ちょっと歩くと身体がじっとり。だんだんと項垂れてしまうくらいの暑さ。

暑くて項垂れるといえば、子どもがまだ小学校に上がりたての時に訪れたジャカルタ。オランダ統治時代の面影が残る観光地、ファタヒラ広場に偽ドラえもんがいました。一緒に写真を撮ろう撮ろう(とおそらくインドネシア語で話しかけられていた)と、わりとしつこく言ってくる。1枚くらいいいかと、カメラを自撮りの方向に傾けると、偽ドラえもんが好みではなかった息子。あまりにガリガリにスリムで、髭がビヨンビヨンに曲がっていたのを不審に思ったらしく、「ちょっとこわい」と小声で呟いて、直前で撮影をやめたことを思い出します。
しばらく広場を散策していると、「写真一緒に撮ろうよ偽ドラえもん」がベンチに腰掛けて、ぐったりと項垂れている。灼熱の太陽。うすい生地だけれどおそらく空気をほぼ通さない吸水性の最悪な着ぐるみ。写真を撮ることを断られ続ける心理的圧迫(うっかり撮影をすると、今度は偽ドラえもんにお金を払ってと言われるので、みんな断っていたことがあとでわかりました)。ボディーもフェイスもまったく似ていないドラえもん。(とご本人は思っていないようだけど)「うなだれる」の写真辞書があったら掲載したいくらい100点の項垂れ。ちょっと遠くから、こっそりその様子をカメラにおさめました。

あの時の偽ドラえもんばりに肩を落として暑い渋谷のアスファルトを進み、キンキンに冷えたスクランブルスクエアへ。
展望台までどうやってむかえばいいのか。新しいビル、難解。

前回の東京オリンピック。1964年の開催に向けてものすごいスピードで開発された渋谷の街。4つの鉄道会社の9個の路線が乗り入れている駅。増改築を繰り返しているこの駅を新しい構造に組みかえること。本当に大変なことだっただろうなと、駅ナカを歩くたびに思う。

地下7階、地上46階、高さ230mのスクランブルスクエア。
きっと展望台まで一気に上がれるエレベーターがどこかにあるのだろうけれど、のんびりエスカレーターにのって、お店をのぞきながら14階まで上がりました。

こんな時期なので、チケットの購入までは並ばずスムーズ。検温と消毒。スクランブルスクエアのアルコールはカルピスの匂い。

展望台「SKY」まで直結のエレベーターは、14階から45階まで30秒で運んでくれるらしい。そうそう、エレベーターに乗っても想像しちゃうんですよね。足元が透けていたら、こんな景色なのか、あんな景色なのか。エレベーターのワイヤーが切れて、30秒どころじゃないスピードで落ちていったら。って映画の1シーンのようなことを。また少しゾワっとを味わいながら、身体はあっという間に45階に運ばれていました。

展望台の入り口までエスカレーターでもう1階上がる。
ゾワっとはワクワクに変わってきましたよ。そういえば、ここ数ヶ月、見晴らしがよくて景色のいいところに来れる機会があまりなかったもんな。今日は天気もいい。時間はちょうど夕景だ。

展望台「SKY」はガラスで四方を囲まれているものの、天井は抜けていて、空に通じている。風に飛ばされる可能性があるので、持ち物はカメラと携帯のみ。全てロッカーに預けてくださいと、入り口で説明を受けて、真っ白な宇宙船のような空間に荷物を預けます。

飲み物くらい買うかもしれないな、と思って、長財布も手にとる。カメラと携帯だけだよ、持ち込んでいいのはって言われているのに。入り口に向かうと、案の定、「ごめんなさい、ポケットに入るサイズのものでお願いできますか」と警備の方にやさしく言われ、「あ、失礼しました」と宇宙船のようなロッカーにリターンして、長財布をしまう。

身軽な状態でなければいけないことは、数秒後にすぐにわかりました。最上階に登るエスカレーターは外で、すんごい風。結んでいたはずの髪の毛がバランバランと踊る。

エスカレーターの乗り口は、屋上に上がるのを待ち切れない人たちの撮影スポットになっていて。どこに隠れていたのだろうと思うくらい、外国語が飛び交っています。英語、中国語、韓国語、ロシア語、インドネシア語。
賑やかな外国語の向こうには夕暮れ、茜色の東京。
もうちょっとガラスの近くまで行けるかな。恐る恐る歩を進める。大丈夫、まだ足はすくんでいない。
盛り上がっている海外のパーティーピーポーのおかげで、ガラス付近は埋まっていて幸いにもいい距離を保たれている。ガラスまでのディスタンス。私は近くに行きたいのか、行きたくないのか。

「エスカレーターを上っていただくと、もっときれいな景色が見えますよ。そちらで立ち止まらずに、お上がりください」

エスカレーターがゆっくりと屋上階に進む。おっきな夕日が見える。
こんなに空に近い距離で太陽を見られるなんていつぶりだろう。

旅に出られず、ちょっと先の未来がどうなるかわからず、長い長い梅雨。
おもては空元気、心の中はあの時の偽ドラえもんと同じように、本当はうなだれていたことが太陽を見るとよくわかる。これこれ、この気持ちの良さが今までなかったんだよ。

最上階に上がると、腰掛けることのできる階段と、人工芝の敷き詰められた緑のヘリポートがありました。展望台を目指してきた人たちが、静かに夕日を眺めたり、自撮り写真でピースをしたり。思い思いに、のんびりと過ごしている。なかなかの強風だけど、その風も気持ちがいい。みんなこういう時間が欲しかったよね、きっと。こんなに笑顔の人しかいない場所、しばらく見ていなかったかも。多分、展望台「SKY」のしかめっ面率は0%だ。

オレンジ色の夕日と一緒に写真におさまることができる展望台の突端では、繰り返し撮影が行われています。みんな髪をぶんぶん飛ばされながらも楽しそう。ガラスにぴったりと背をつけて撮影している人もいて。ありゃ、私には無理だな。
すごい。風もがんがん吹いてるのに。高所に恐怖がない人たち。尊敬。

突端に立った自分を想像して、やっぱり足がゾワっとすくむ。でも、ガラスからほどよく距離のある人工芝のヘリポートは安心安全。あまりに気持ちが良くてごろんと寝転ぶと、目の前には空しかない。空が近い。

少しのんびりしてから、最上階を囲んでいるガラスをぐるっと回る。
10cm手前まではなんとかガラスに近づけた。真下を覗こうとするとカメラを持つ手がやっぱり震える。
すぐ横で、インドネシアかマレーシアの人たちが、ガラスとガラスの交わる角で撮影中。キャッキャと楽しそうだけれど、立ち上がるのは怖いようで。自分と同じく、高所が恐怖の人が世界中にいることにちょっと安心する。

極端にガラスに近づかなければ、こんなに気持ちのいい場所はないかもしれない。気分のあがる東京最強スポット。ひとつゲット!

夏の夕暮れ。渋谷のど真ん中。見渡す東京の街は、文句なしに美しい。
こんな景色を見て、「トーキョー、ワンダフル!」と言ってくれる海外からの旅人の気持ちになる。いつでも旅に出られていた時には、東京の街や渋谷の良さに目を向けることを忘れていたのかも。

横への移動ばかりじゃなくて、縦に移動してみるとやっぱり違った景色が見える。身近にいつもあるはずなのに、見ていなかったとびきり美しいもの。
この東京の景色の中には、自分も友だちも、たくさんの人の生活があって。
今年旅に来てくれるはずだった海外の人たちが、それぞれの国ではせている渋谷への思いも、この街の中に溶け込んでいる。

数センチ横の移動が、ちょっぴり恐怖の展望台。
ガラスに近づくのは難しい、高い高い場所だけれど、項垂れた気分の時はまたここに来よう。今日も生きている東京の街が、たっぷり元気をくれるから。