不思議な気持ちになる1日
ニーハオ、ニホンコンです。
2年に一度の、実家の演奏会。お手伝いで帰省していました。

今回は父と姉と、そして東京で修行を積む姪っ子が帰省して舞台に立ちます。
母がいつも受付を取り仕切っていたのだけれど、サポートとして数年前から私も
帰省してお手伝いをしています。
直前まで普段着の家族
小さい頃は、父が演奏会袴を着て舞台に立つ姿を見ていたので、「お父さんというのは、
どこのお宅も数年に1度、こうして正装してスポットライトを浴びるんだ」割と本気で思っていました。
それがいつしか、姉も一緒に舞台に立つようになりましたが、小さい頃から不思議なのは
「練習しているのを見たことがない」。
父にこれを聞いたことがあるけど、冗談半分で「プロは練習してるところを人に見せないんだよ」
としれっとかわされた。
真相はホント謎。鶴の恩返しなのか?と思っている。

演奏会前日の夜は、きまって両親とご飯を食べるのですが、父は変わらず普段のバカ話をして、
帰ってテレビみて、また笑ってという。
ただの80すぎのじいさまと過ごす週末で、ホントに何の変哲もない時間を過ごしました。

姉も姪も普通。姉とは開場前まで、お互いの小さい小学生の末っ子話など、電話で済むくらいの
ただの近況キャッチアップをしていた。
目の前にいるのは誰だ?

が、ひとたび演奏会が始まると、全く別人に変身する。
毎回思うのだ。「いったいぜんたい、私が見ているのは誰なんだ」と。
それは本当に別人なのか、私がそう見えているだけなのか分からないけれど、もう、
全くもって知らない人。
私が知っている「家族」ではなく「演奏家」です。
聴かせて、響かせて、魅了する
この三拍子をお琴という楽器ひとつでやってのける人たち。
ここに来るまでに、如何ほどのお稽古を積んだんだろう。そして、この舞台で大勢の
お弟子さんを背負う気持ちは、如何ほどのものであろう。
あるお弟子さんが「音の響き方が先生は全然違うんです!」って言っていた。
何の差だと思いますか?って聞いたら「プロと素人の差です」って言っていたけど、
練習量を越える何かは、もうその覚悟とか気迫とか、ここ一番の肝っ玉みたいな、
その人から湧き出るものなのかな、なんて思ったけど、実際のところは何なんだろう。
小さい頃から、父が舞台に立っているのを、とても不思議な気持ちで眺めていたのを
ふと思い出す。
きっと父も姉も、私が想像がつかないもうひとつの顔、というか世界を持ち合わせていて、
どこかでスイッチを入れて行ったり来たりするんだろうな、と。
スーパーマンじゃないか。
そんな英雄たちを見ている、その観客の姿を、私は会場最後方から眺めていました。
今と昔がないまぜになる瞬間
「わー、すごいなー♡」なんて完全に観客目線で見ながらも、小さい頃から私を知る
お弟子さんが声を掛けてくれる。きっと彼女たちの中では浜松に居る小さい私なんだけど
今は少し離れたところに住まう私です。
きっとこれは、普段都会などに住んでいて、たまに地元に戻った人が感じるものと
同じかと。現在と過去が交差する、今昔物語な時間を過ごしました。
実家の菖蒲会では、これが一区切り。お疲れ様をたっぷり込めた乾杯をしました。
さあ、春です。
きっとまた家のお教室では、新しい春で慌ただしく動くことでしょう。
そしてまた、二年後に同じか、それ以上に素晴らしい演奏会になる予感。
また今回と同じ、不思議な気分を再び味わいたいと思います。
3月25日 ニホンコン