いい一日を。
ソウル美術館にて、マネージャーをしている写真家・川島小鳥さん初の韓国での写真展「사란란(サランラン)」が2月26日からスタートし、記者懇談会や取材などのため、再び6日間ほどソウルに滞在をしておりました。
「사란란(サランラン)」、韓国語を学んでいる方々には、一瞬「?」が浮かぶタイトルかもしれません。
日本語のカタカナの響きは、사랑=愛、사람=人と同じ「サラン」ですが、「사란」は実は韓国語には存在しない単語。
2023年秋から2024年の春になる直前まで、秋と冬を通した6ヶ月間、ソウルに通って撮影をした作品のタイトルを考えていた小鳥さん。愛という意味の「サラン」という言葉はもともと知っていて、音の響きが良いと思いついたのが「サランラン」というタイトルでした。

制作ノートの表紙に「사랑랑(サランラン)」と書くところを間違って表記した「사란란」、打ち合わせの時にノートの文字を見たソウル美術館の方々が面白いとおっしゃって、そのまま展示のタイトルとなりました。사랑=愛+사람=人という意味が、混ざって「사란」になっている感じがする。すごく素敵なタイトルですよねと、美術館の方々と話をしていました。
小鳥さんのデビュー作である「BABY BABY」、韓国でも大人気の「未来ちゃん」ヨーロッパで撮影した未来ちゃんの作品をまとめた「vocalise」、木村伊兵衛写真賞を受賞した「明星」、俳優仲野太賀さん、pipiさんと撮影をした「そこに何があるか知りたくて」仲野太賀さんとの作品「道」「(世界) ²」、約20年にわたって東京を中心に撮影された風景を中心にした作品「おはようもしもしあいしてる」、俳優臼田あさ美さんとソウルでコラボレーションした作品「ソウルメイト」、ソウルに通い続けて出会った人と景色がたっぷり詰まった「사랑랑(サランラン)」まで。会場に展示された作品をぐるりと見渡すと、被写体そして街や風景に対する小鳥さんのあたたかい視線、被写体に対する敬意と愛がたっぷり込められているなぁと感じます。



展示を見に来てくれたソウルに住む知人と、会場で待ち合わせていると見当たらず、美術館のすぐ上にある庭園に座っていました。心臓のあたりを触りながらこんなことを話してくれました。
「展示を見ていたら、ここらへんがポカポカしてきて。なんだか胸がいっぱいになって、ちょっと心を落ち着かせるためにここに座っていました。」
愛を意味するサランという言葉。韓国では両親や兄妹、友達にもサランヘヨ、愛してるよという言葉を伝えている場面に出合います。日本にいると、家族や友達に、愛してるよという言葉はなかなか使わないものですが、今回の展示では、美術館のスタッフの皆さんにサランヘヨと伝えたいくらい、皆さんの사랑(愛)を感じる瞬間がたくさんありました。
何日か前にどたばたと位置決めをした会場が、しっかり出来上がっている。作品を撮影している時に小鳥さんが好きだったエリアである乙支路をイメージして、路地のように組まれた木材の壁と粘着テープの相性が想定の通りにいかず、展示をするのに苦労していたところには、プリントの裏に写真を支える木のボックスが新たに作られ、四方の面にはポップな着色をし、その上にプリントが展示される形になっていたり、大きな作品の場合はプリントを傷つけず、長期間の展示にも耐えられるようにと透明の留め金が新たに作成されていたり。
デザイナー、キュレーター、PR、運営総勢12名のスタッフの方々が、それぞれの場所で「サランラン」の展示を自分ごとにして動いてくださっている様子をたくさんの場面で目にし、これはまるごと사랑(愛)だなぁと感じる時間と空間になっていました。



日本語のメールだと「どうぞ、よろしくお願いいたします。」と〆るところ。
美術館のスタッフの皆さんとのメールやLINEやりとりでは、いつも互いにこう締めくくっていました。
「좋은 하루 되세요.(チョウン ハル テセヨ)」「좋은 밤 보내세요.(チョウン パム ポネセヨ)」
いい一日をお過ごしください、いい夜を過ごしてください。
自然に使われていた一言だったのですが、「どうぞよろしくお願いします」よりもなんだか思いやりと心がこもっていたのだなぁと振り返ってみて気づきました。

滞在の最終日。ホテルから美術館に向かうタクシーで、日本語を習いたいのだけれど、日本語はとても難しいですねという話を運転手さん。確かに。日本語は漢字、カタカナ、ひらがなも覚えなければならない。習得するのに時間がかかる言語なんだと思います。日本のアニメを一生懸命見て、言葉を耳から吸収しようとしても、なかなかうまくいかない。そんな話の流れで、光化門の前を通過しながら運転手さんがこう言いました。
「좋은 하루 되세요.(チョウン ハル テセヨ)」は日本語でなんて言うんですか?タクシーを降りるお客様にいつもこうやって挨拶するんですが、日本人のお客様には、日本語で言ってみたくて。
「いい一日をお過ごしください」と言います。でもちょっと長いですよね。「いい一日を!」だけでも充分伝わると思います。
美術館に到着して「좋은 하루 되세요.(チョウン ハル テセヨ)」と送り出してもらい、「いい一日を!」と日本語で返す。なんだか気分がいい。
そんなやりとりを静かに聞いていた小鳥さん。美術館の皆さんとの挨拶を終えて、今回の旅の最後の仕事、とあるYoutubeチャンネルのインタビューへ向かいました。元々、映像関係の仕事をしていたメンバーがこれから映画の制作をしていきたいと考えていて、準備の過程で先輩のクリエイターの方々にインタビューをしていくチャンネルを立ち上げたのだそう。今回の展示や、写真に向かう姿勢など、たっぷりの質問に答え、最後の質問に。
「韓国の観客や写真を愛するみなさん、これから創作をしていきたいという若者にむけて一言お願いします」
そこで小鳥さんが話した一言は、
「좋은 하루 되세요.(チョウン ハル テセヨ)」でした。
あなたのわたしのいい一日を過ごすこと。仕事も生活も何かのおたのしみも。いい一日が積み重なれば、その先にいい作品、よかったと思える人生が積み重なっていく。
退社時間と重なり、車でいっぱいの道。ゆっくりした速度で空港に向かうタクシーの中からは、漢江の先に沈んでいく真っ赤な夕陽が見えました。カシャ、カシャッと夕陽に向けられたシャッターの音を聞きながら、いい一日、いい旅だったなと思う。
「사런란(サランラン)」は、ソウル美術館にて今年の10月12日まで開催をしています。韓国においでの際には、ぜひぜひ足をお運びくださいませ。
