千切りはセンギリ。

3月といってもまだ肌寒い日々は続く。軽いダウンジャケットを羽織って、韓国で一番に春が訪れるという済州島にカメラマンの衛藤キヨコとお邪魔したのは、今年の春のことでした、

済州の玄関口にある東門市場。済州といえば柑橘。飛行機の乗り継ぎで喉がカラカラ。冷たくひえた絞りたてのハルラボンジュースを一気に飲み干し、市場をブラブラ。済州産と書かれた野菜やゴマには心が踊る。

三枚肉ならぬ五枚肉・チェジュ名物の黒豚のオギョプサルはBBQ用に。パリパリに新鮮なセリは二つに切って小麦粉をまぶし、とき卵をかけて焼くジョンにしました。牛島名物のピーナツマッコリと一緒に乾杯。韓国と日本を行ったり来たりしていても、現地で食材を買って調理ができるタイミングはなかなか少ない。アウトドア用品を扱うロゴスさんのお仕事で訪れた済州島で、旅先で食材を買って旅先で調理して食べる。小さな夢が叶いました。

尹東柱さんの詩の名前のついた宿「星を数える夜」。さすが韓国。ドーム型のテントにはオンドルがついていて、空間を温かく保つことができる。調理はピラミットグリルと宿の厨房と半々で。炭をもらいにいくと、このグリルはよくできているねとオーナーさんが褒めてくれました。

ソウルに本社のある大企業で長くお勤めだったオーナーが、最後に赴任したのが済州。そこで人々の温かさに触れ、趣味のキャンプやバイクを思い切り楽しむことのできる土地に惚れ込んで、定年後にキャンプ場を作ろうと心に決めたのだいうお話を聞かせてくれました。

キャンプ場を作るという夢を叶えたオーナーさんに「他にも何か夢はありますか?」と聞いてみると、奥様と世界中を旅するのが夢なんだと話してくれた後ろでピピっと車のキーを開ける音がした。「病院に行ってくるね」「運転して行こうか?」「大丈夫、一人で行ってくるわ」とこちらに笑顔を向けてくれながら、ひらりと運転席に座って奥様は出発していきました。

細かな予定を決めず、折り畳みのできる椅子だけを背負って、宿のある丘から海に向かって歩く。気に入った場所があったら、そこに椅子を置いてチェアリング。あまりに気持ちが良すぎて、時計を見ると7時間も歩いていました。春の済州島は様々な花が咲いていて、歩を進めるたびに香りが変わる。菜の花、桃、桜、そして新緑と呼ぶにはまだ少し早いけれど、水をたっぷり吸った緑の香り。雨があがったばかりの朝、やわらかい光が少しずつ頭の天辺に上っていくのを感じながら歩く。植物に囲まれた道は、ずっといい香りがしていました。

旅の初日に出会ったタクシーの運転手のスッキさん。「小ぶりだけど甘いのよ」と、済州島名物のみかんを分けてくれたり、休憩の時間に飲むために作ってきた温かいゴボウ茶を分けてくださったり。お喋りの中で聞いたのは、済州島にはそのまま残っている日本語がいくつもあるということだった。千切りはセンギリ、金柑はキンカン。そんなお話を聞いた次の日に、島の反対側の西帰浦毎日オルレ市場に足を運ぶと、ハングルで낑깡(キンカン)と書かれた手書きの札をたくさん目にした。

別の日にもスッキさんにキャンプ島から空港近くのホテルまでの移動をお願いし、満開になった桜を見に行った。お時間があったら一緒にお昼を食べませんか?とお誘いすると、済州市バスターミナルのすぐ横にあるキサシクタン(バスやタクシーの運転手さんたちが通う食堂。おいしいお店が多い)に連れていってくださった。済州の名物だというモムクッ。初めて聞く名詞。一度ぜひ、食べてみてというスッキさんのオススメの通りに注文。モムクッを待つ間、タクシーやバスの運転手さんらしきお客さんが次々と店内に入ってくる。少しすると、豚骨のいい匂いがただよってきた。豚の背骨肉をほろほろになるまで煮込み、海藻のホンダワラと合わせたモムクッ。豚骨の濃厚なスープに粘り気のある海藻がたっぷり入っているスープをすすると海の味がした。他では味わったことのない味。ごはんとの相性も抜群のスープだった。

はじめましての食べ物、嗅いだことのない香り、見たことのない海の色、新しい人との出会い。済州での旅の時間は、新しい旅の形を発見する時間でもありました。

ロゴスさんのWEB月刊ロゴスとPAPER LOGOSの誌面でおかっぱとボブ(写真担当の衛藤キヨコと文章担当の小池花恵)の記事をご覧いただけます。今日はすっかり宣伝のようになってしまいましたが、よろしければぜひ、ご覧くださいませ。

こじつけるわけではなくなのですが、今日の朝日はなんとなく済州島で見た光の柔らかさに似ていたんです。鳥のさえずりがリズムよく聞こえてくる秋の深まった東京の朝が、春の済州島の景色に似ているのも不思議ですね。

今週も1週間おつかれさまでした。みなさま、よい週末をお過ごしくださいませ。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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