お隣り(の国)まで、ちょっと配達に行くーその2ー
先週に引き続き、今回も取材でお世話になったお店に、dancyu9月号『 もっと!韓国日常料理』をお届けしてきた短い旅のお話を。
たくさんのお店と出会った釜山の中でも、新しい発見と出会いのあった広安里。釜山の人々がそれぞれに海を楽しむ海水浴場を有する街で、砂浜からは真っ白な広安大橋が見える。釜山広域市水営区の沖合に位置する橋の長さは7,420m。そのうち、900mが吊橋で、釜山広域市道77号線の一部を構成している。ダイアモンド・ブリッジという名のついた大きな橋は、気象の条件がぴたりとあうと、日本の対馬からも双眼鏡を使えば見えるのだとか。夕暮れになると橋には光が灯り、行き交う車のライトもあいまって、橋がきらきらと光り出す。
以前、広安里の先にある海雲台から南浦に向かう移動の際に、タクシーを利用して、橋の方から広安里の海水浴場や街を眺めた時も美しかった。橋から街を眺めていると、日本では自ら口にすることのない「夜の帳が下りる」という言葉がふと浮かんできた。日が落ちてだんだんと暗くなっていく様子。帳(とばり)とは、室内と室外を隔てるカーテンのような布のこと。賑やかで明るい日中から時間がゆっくりと過ぎてゆき、静かな暗い夜がやってくる。寂しさをも感じさせる夜がゆっくりと訪れる様子を意味した言葉。やわらかな布をゆっくり下ろすように空と街の色が変わっていく様子を美しく表した昔の人々が、日の光に替わって灯り出す街の光を見たら、どんな言葉にするんだろう。
駅でいうと広安里駅のお隣の水営を訪れる。「孤独のグルメ」韓国語のタイトルは「고독한 미식가(孤独な美食家)」の釜山編で、五郎さんが食していたナクチポックン。ナクチは手長ダコのことで、そこにキャベツやたまねぎ、タンミョンと呼ばれる韓国の春雨などの入った辛い鍋のこと。ポックンは炒め物を意味するのだけれど、釜山のナクチポックンは汁気が多いのが特徴だ。セットでやってくるごはんに、タコの旨味が染み込んだ甘辛いタレとくたくたになった具を乗せ、刻み海苔をたっぷりかけていただく。こうして言葉にしているだけで、口の中が刺激され、お腹がぐーっと減ってくるほど、一度食べたら忘れられない、程よい刺激のまたすぐに食べたくなる味。
今回の取材でお邪魔した水営駅の4番出口を出てすぐの場所にある「クギネナクチポックン」は、地元の人たちで賑わうお店。店の前の駐車場で休憩をしていた社長に出来上がった雑誌をお渡しすると、うんうんとうなづいて、ちょっと嬉しそうに写真を眺めている。長々と話をして、外の空気を吸っていらっしゃる社長の邪魔をするのも良くないので、ご飯を食べて帰りますねと伝えてすぐに店の中に入った。
元気なお母さんたちが、素材の入った鍋を各テーブルにセッティングしてくれて、グツグツ鍋の中身が煮えるのを待つ。ここのお店は、キムチ、大根のチャンアチ、ジャコ炒めなどのパンチャン類も全ておいしい。おかわりはセルフ。鍋が煮えるまでの間も我慢ができず、もやしをパリパリ、キムチをむしゃむしゃ。セルフコーナーとテーブルを何度も行ったり来たりして、おかずを持ってきてくれるおかっぱキヨコに感謝。火の通りが早いタコ。あっという間に完成タイムがやってくる。取材時はシンプルにメインの食材がタコだけのものを選んだのだけれど、今回はコプチャン(内臓)の入ったものを食べようと決めていた。そこにエビも加えた「ナッコプセ(タコ、コプチャン、エビ)」もあるのだけれど、お酒を合わせたいわれらは「ナッコプ」が気分でした。
白いごはんにたっぷり具材をのせ、よく混ぜてごはんも真っ赤にして食べるのもよし。わたしはごはんの白い部分も残しながら、少しずつ具材を混ぜて食べる、まぜごはんぐらいの濃度が好み。ここのお店の刻み海苔がうまいんです。それぞれのテーブルで、プラのかわいいケースに入っているのにしけっていない。あの秘密はなんなんだろう。しっかり香ばしくい海苔にも称賛を送りたい。時折、パンチャンのジャコやもやしも混ぜながら。毎度、海苔はたっぷり乗せて、都度ほどよい混ぜ具合で食べ進める。お腹に余裕のある方は、最後に麺を入れることもできるので大人数で行く時にはぜひ麺まで試していただくのもよいかもしれません。
やっぱりおいしいクギネナクチポックンにお腹がいっぱい。サービスでと社長がテーブルに持ってきてくださったスプライトとペプシで心もいっぱい。あぁ、いますぐ釜山に飛んでいってナクチポックンを食したい。
釜山に着くと「ただいま」と言いたくなる理由は、何度も通いたくなるお店が訪れる度に増えていくからなのかもしれません。