風とリズム。
最近お手伝いをしているCafune。声のお仕事が一番に浮かぶクリス智子さんが、自身のお誕生日である5月1日にスタートされた新しい活動です。Cafuneは鎌倉の地で90年以上時を経た建物を、残すもの、新しくする作り直すところを丁寧に決めて、クリスさんが新たに誕生させた空間。その場所から、クリスさんが出会った人、大切にしてきたこと、今見ているものを声や文章、ものを通して届けていく。
Cafuneの名前の由来となったのは、ポルトガル語の「Cafuné」という単語。主にブラジルで使われているその言葉は、愛しい人の髪にそっとやさしく指をとおす、おだやかなしぐさのことを意味するそうです。
Cafuneのことを最初にクリスさんに伺った時、印象的だったのは風のことでした。「Cafuneにはいい風が吹くんだよね。」実際にその場所に訪れると、山から海に流れる風の音が、さーっという木々の葉擦れの音とともに肌を撫でていきました。クリスさんの声のようなやわらかな風がCafuneの周りを通り過ぎていく。
この場所から届けていきたいこと。お話を聴いているとその一つには「心地よい」という形容詞も含まれているような気がしました。変化をしながら、作り出していくような心地よさも含まれる。それを風が後から押ししてくれる。実際に手を動かしながら、考えはあとでついてくるような瞬間を大事にする。Cafuneで打ち合わせをしているとそんなことを思います。
庭を歩いていると風に乗って甘い香り。「これこれ、みかんの花が咲いたの。」
Don’t think. Feel. 風を感じる方が先。Thinkしてしまうともったいない風がCafuneには通っています。考えに合わせて体を動かすより、五感を自然に稼働させて、Feelのほうにまず集中たくなる。
鎌倉まで地元から1時間半ほどの移動の時間も、Feelをするのに心地のよい時間です。出発前にその日持っていく本を鞄にいれる。最近の鎌倉へのおともは千葉雅也さんの『センスの哲学』。一気に読んでしまうのがなんだかもったいなくて、行きつ戻りつ、メモを貼りながら大切に読んでいます。
藤沢駅から江ノ電に乗り換えると人の気配ががらっと変わる。学生、海外からの観光客の人々。聞こえてくる声のトーンが明るく賑やかに。藤沢の駅からは本を閉じて、人の声を聞いていたくなります。音の景色が変わるのがなんとも心地よい。初めて鎌倉を訪れるであろう人、地元の人。カバンを膝に抱えて目を閉じている方はここに住んでいる人たちなのかもしれない。見ていないふりをして車内の人々を感じる。
住宅街から海が見えてくると乗客の視線が動く。晴れた日には、風が通るたびにきらきら光る水面に車両全体の声のボリュームが下がる瞬間がある。そして少しするとすぐまた前のボリュームに戻る。ゴトゴトゴトゴト、ゆっくりカーブをしながら進む江ノ電に体を揺らして、また海を眺める。
帰り道はいつもそのまま電車に乗るのがもったいなくて、2駅分海沿いの道を歩きます。海を見たり、同じように海岸沿いを歩く人の言語の違う人たちの声を聞いたり聞かなかったりしながら、追い越すかそのまま少し後ろを歩くか、その日によって歩くリズムも変わる。
追い風がつよく吹く日には、自然と歩幅も大きく、スピードが早くなってしまうけれど、本当は駅に着くまでの速度をゆっくりにしたい。何をするわけでもなく、ただ歩いているだけなのだけれど、心地よい時間を少しでも長く感じていたいからなのかもしれません。
アイスクリームを食べて帰ろうか、コーヒーを飲んで帰ろうか。鎌倉に向かう時にいつも考えている計画は、夕食の買い物時間のリミットで風のように流れてしまうことが多い。けれど、それもよし。風まかせ。
もう5月も後半戦ですね。今週も1週間おつかれさまでした。どうぞ心地よい週末をお過ごしくださいませ。