ラッキー・ボーイ。
おはこんばんちは。飯塚です。
新学期が始まった、と思っていたらもうゴールデンウィークなんですね?日本。
こちらはとにかく寒い。
10℃届かない日があったり夜は3℃まで下がったり。
強い北風に晒されてまだまだ冬のジャケットが手放せない。
え?もう5月⁈
このまま夏が来なかったらどうしよう。夫も友人達も「もうアイルランドに住みたくない」から発展して海外移住したい、なんてボヤいてる昨今です。
息子が戻って早1ヶ月。
気付けば息子1号がアイルランドに帰ってきて早くも1カ月経ちました。
アイルランドが嫌いで日本に行った訳でもない息子、こちらの学校生活も楽しんでいる。
とはいえ、やっぱり日本の学校で仲良くしていたお友達を懐かしんでいて。
日本の小学校、半年間編入話をしたいと思いつつも。
西の果てにいる私は離れていた5ヶ月間、電話で「聞いてる話」あとは持ち帰ってきたテストやノート、写真だけの共有なのでイマイチ上手く表現できない。
体験入学で日本の小学校、大好きに。
元々2022年に三週間の体験入学をして「日本の小学校最高!」となった息子。
親の送り迎えなく一人で登校。帰りは友達と楽しく一緒に下校できる事。
学校に図書室や理科室、音楽室、保健室、など施設が充実している事。
学校の規模が大きくてたくさん人がいる事。
男性教諭がいる事。
給食が美味しい事。
などアイルランドと異なる点、全て好きなんだそう。
しかし、前回は「三週間しかいないお客様」だった事でだいぶチヤホヤしてもらったのは大きかったはず。
半年間だとまた違うかな。アイルランドでしていた漢字の勉強も追いついてない事に焦りや不安はあった。いじめられたり劣等感を持って欲しくないな、と。
幸いにも、私の不安は杞憂だった。
今回は違う担任の先生だったけれど、とても良い先生だったしお友達もたくさんできた。
アイルランドで「マツケンサンバ」歌って踊ってます。
イベントをたくさん楽しめた半年間。
まず入ってすぐに県の合唱コンクールがあり、市内のホールで三年生全員が代表で出場。
お弁当を持っていき市民ホールの隣りの公園でピクニックしてから会場に。アイルランドの田舎暮らしで大ホールなど行った事もないし楽しめたよう。
この数週間後に学芸会的な催しもあり、歌も演奏もしっかり披露できていた。
消防署見学や授業参観も楽しかった。
六年生を送る会でも「マツケンサンバ」を踊ったり。
三月にしたこのイベント。練習もみっちりしたおかげで今でも「マツケンサンバ」は歌って踊れる。
私もつられて歌いながらご飯作っております。
日本で覚えたスポーツ。
前の体験入学時にバスケットボールを知り、興味を持ちそのままアイルランドに戻ってからサッカーを辞めてバスケに転向した息子。
今回は野球、また卓球もずいぶんやったらしい。
卓球は週末に通っていた児童館で。
野球は学校の休み時間にお友達と。
アイルランドに野球はない。ヨーロッパだとイタリア辺りはあるらしいし、野球によく似たクリケットはイギリスにはある。
アイルランドでは野球のグローブやバット、ボールなどは入手困難ではないかと思う。
体験入学の時にも学校の休み時間に野球をしたけれど、今回は特に気に入ったようだ。
日本の小学校にグローブをプレゼントした大谷翔平選手は日本の小学生のヒーロー的な存在。
Skypeで話した際も
「大谷選手、結婚したんだよ!」などと興奮気味に語っていたし、結婚相手の事も気にしていた。
三月には
「ミズハライッペイさん、超ヤバいんだよ!」
なんて大騒ぎ。
大谷翔平騒動は小学生にとっても目が離せない一大事なようだ。
(ちなみに私自身は野球に全く関心なし。今回の通訳の騒動で「将来、大谷翔平の映画とか出来そうだなぁ」などと思う程度)
漢字の準備も間に合ってなかった。
体験入学の頃から気付かされていた事。日本の学校の方がアイルランドの学校より勉強が大変。
アイルランドでは金曜日も長期休みも宿題なし。
日本は金曜日に宿題倍増。長期休みだって怠けてはいられない。
実は息子、漢字の勉強が全然追いついてなくて後期からの編入にも関わらず、三年生の漢字が手付かずだった…。
あー、もうこれは完全に私の至らなさに尽きるな、と反省し、焦りながらアイルランドで二人三脚でやっても全然頭に入らない。
繰り返し読んだり書いたりしても漢字に触れるのは1日でその時間だけ。
日本にいればTV、新聞、本、お店や外に出ている看板、駅のボード、至るところに漢字がある。
アイルランドにいる環境こそが既にマイナス。
しかも漢字を学ぶのに、元々の語彙量が足らなすぎて漢字の言葉を聞いても「それ、なに?」状態。
そもそもインプットが難しい。
事前に担任の先生とのご挨拶で正直に打ち明けました。
「申し訳ありません。三年生の漢字は何も出来てないんです」
先生、一瞬固まっておられました。
でも、笑顔で
「そうですか。じゃあ、一緒に頑張りましょう」
と息子を励ましてくださり。
実際にはやはりかなり苦戦していた。
先生も大変だったと思う。
私の母は宿題完全サポート。
毎日みっちり付きっきりでペンを握る。
11月にはSkypeで
「お母さん、テストで100点とったよ!」
なんて大喜びで報告してくれたけれど、実は先生がおまけしてくれた100点だった。
年が明けてからは先生のおまけはなくなった事が逆に誇らしくなったよう。
算数はまあまあ得意で文章問題も解ける。
鬼門は漢字や国語だけではなく、理科だった、とは本人の弁。
理科の文章を頭で理解するのは難易度が高かったのだ。
三月の末にやった期末の漢字テスト。
目標だった60点を超え、少し自信がついたよう。
おばあちゃんと毎日家で復習した甲斐があった。
先生の温かい励まし、クラスのお友達の影響も大きい。アイルランドで二人三脚でやってもこうはいかないのよな、と改めて実感する。
出来なかった事を乗り越えられる体験こそが自信になるし継続の原動力になる。
今あるヤル気をなんとか繋いでいきたい。
今も尚、日本のお友達の夢を見ています。
始業式に「転校生」として紹介され、その場でクラスから「わー!」と上がった歓声。
昨年の体験入学時に同じクラスだった子達は特に喜んでくれたそう。
休み時間はドッジボールと野球。
雪が積もった日は雪合戦。
私達がアイルランドに戻ってすぐ11月には放課後に友達が遊びに来たり、友達の家に遊びに行ったりもするように。
アイルランドに置いてきてお預けだったニンテンドーは友達の家で遊ばせてもらった、なんて少し嬉しそうだった。
平日二日はバスケの練習、それ以外は友達と過ごせたよう。
友達がポケモンカードをしていた影響でまた再開(アイルランドでもやってました)。
特に仲良しの友達の家には10回以上遊びに行き、その子のママが「送別会」を開いてくださり色紙やプレゼントまで頂いたり。
やっぱり同じ歳のお友達と過ごすのが一番楽しいのだ。
終業式の数日後は我が家にお友達を呼びお別れをした。
短くてあっという間な半年間。
お友達がいたからこそ、学校は楽しかった。
アイルランドと違い、保護者の送迎なしで子供達だけで公園や友達の家に行く。
そんな「普通の冒険」も9歳の子にはたまらなく楽しかったのだろう。
いい先生、お友達と出会えた事の喜びと、お別れの寂しさ。
アイルランドの友達も好き。だけれど今もなお、日本語で日本の友達と遊ぶ夢をよく見る、と少し寂しそうに話す。
住所を教えてもらったお友達には手紙とポケモンカードを送った。
「まだ着かないかな?」
またいつか会える、と信じている。
クラスのお友達にもお手紙書かなきゃね。
「ラッキー・ボーイ」
おまえは運がいいのさ。そんな曲があったなぁ、なんて懐かしんでしまった。
今日は忌野清志郎さんの命日だった。
本当はイジメっ子もいたし「日本語がヘタだ」と揶揄われた事もなくはなかった。
「でも、いいんだ、ボクは気にしてないの。そんなヤツはやっつけたの。日本の学校は楽しかったからまた行きたい。今年は無理なら来年また会えるかな?」
こんな経験させてもらえて、君は本当に「ラッキーボーイ」だな。