アイディアの種。

「小池さんだけですよ、そういうことを言ってくれるのは。
みんなわたしのことは眼中にないんだと思うようにしている」
そういって、zoomの向こうで気仙沼のさゆみちゃんがペンタブのペンを握りながら、ずっと絵を描いている。

なんでもみしおね横丁の漫画を2日で仕上げなければならず、息子のあらたが眠っている時間が勝負なんだそうだ。

noteを楽しみにしていることを伝えながら、漫画を仕上げるのに忙しいさゆみちゃんにzoomで話を聞いたのにはわけがあった。

ちょうど一昨日、7月16日に「幡野広志、気仙沼の漁師を撮る。」という写真展と気仙沼漁師カレンダーの予約会が渋谷パルコのほぼ日曜日で始まったばかり。ここ数週間、わたしは展示の準備でバタバタと動き回っていた。
連日、漁師カレンダーのことを考え続けていたこともあって、
今週の「気になるもの」は「漁師カレンダーの始まり」の場にいたさゆみちゃんに、その時の話を聞いてから原稿を書こうと、急に思い立って時間をもらったのだった。

「小池さんだけですよ、そういうこと言ってくれるのは。」
さゆみちゃんとの会話がこうやって始まるのは、一種の挨拶のようなもの。それを聞いてケラケラ笑って「そんなことないでしょう」というのがわたしの返事だ。いつもの挨拶を交わしている間も、画面の向こうのさゆみちゃんは、少し斜め下を見ながらずっと手が動かしている。

みしおね横丁がちょうど1周年で。新しくお店が2つも増えたんですよ。それで新しいパンフレットを作ることになって、急遽漫画を頼まれました。締め切りまで2日しかないんです」

「ごめんね、そんな忙しい時に。」

「いいんですいいんですー。最近はnoteの漫画に描くネタがなくて…。創作漫画を始めようかと思っているんですけど。」
手を止めることなく、おしゃべりも軽快に進む。久しぶりにzoomで会ったさゆみちゃんが、今年noteで始めた漫画。気仙沼の日々のこと、さゆみちゃんの家族に起きたできごとなど。小さなユーモアを散りばめたコンテンツは、いつ「私が俺が」登場するかなと、さゆみちゃんの周りにいる人たちもいつも楽しみにしている場所だ。

「今週ね、漁師カレンダーの展示が始まるんだけれど和枝さんと紀子さんが漁師カレンダーのアイディアを思いついた時、さゆみちゃんその現場にいたんだよね。」

当時「気仙沼のほぼ日」の人として各地からやって来るお客さんのアテンドや、ほぼ日が行っている様々な気仙沼のイベントの準備を、一手に引き受けていたさゆみちゃん。
その日は、視察のため斉吉商店の和枝さんとオノデラコーポレーションの紀子さんと長野にあるサンクゼールに向かっていた。ワインやジャムなどの食品を作っているサンクゼール。飯綱町にある本社はレストランと売店が併設されていて、広大な敷地にはワインの醸造所やブドウ畑が広がっている。高台にたつ建物は山に囲まれていて、そこから見える景色も素晴らしい。気仙沼で新しいことを始めるときのたくさんのヒントが、そこにあるのではないかということで訪れた視察だった。その道中に、漁師カレンダーは生まれた。

「なんで、消防士カレンダーの話になったんだっけな」

当時話題になっていたという「消防士カレンダー」(わたくし、今回検索して初めて知りました)。筋肉ムッキムキの消防士さんたちが上半身裸で、その肉体美を余すところなく披露しているアメリカのカレンダー。日々鍛え抜かれた体で思い思いのポーズをとる消防士さんたちがずらり。男性だけでなく、女性の消防士さんもムッキムキ。日本ではアマゾンで購入することができる。

「気仙沼の漁師さんのかっこよさもっさ、あの消防士さんたちみたいんにさっ、見せられないもんかな」
「腕の筋肉はチラッと見えるくらいがかっこいいっちゃね」
「筋肉だけじゃないとこも見せたいっちゃね。
爺ちゃんの漁師さんのかっこよさも出したいっぺ」

気仙沼にやってくる漁師さんたちにどんな風に喜んでもらうか。
気仙沼に住んでいる漁師さんたちにどうやって喜んでもらうか。
漁師さんに支えられてきた街で育った和枝さんと紀子さんの思いが溢れる会話。

さんま船が漁に出ていく時、街の人たちに声をかけ、みんなで福来旗を振りながら、船の安全を祈り、出航を見送る「出船送り」の活動を始めたのも、お二人が所属する気仙沼つばき会だ。

漁師さんたちのかっこよさを気仙沼の外の人たちに伝えることはもちろんだけれど、漁師さんたち自身に自分たちのかっこよさを気づいてもらいたかったのではないか。アイディアの種が生まれた瞬間のお二人の先には、喜んでもらいたい漁師さんの顔が、きっと何人も浮かんでいたのだと思う。

一ノ関から大宮へ移動する2時間と少しの間、漁師カレンダーのアイディアは尽きず。「大宮ですよ〜乗り換えですよ〜。」とさゆみちゃんが声をかけるまで、降りる準備もままならないくらい、アイディアの華が咲き続けているお二人。新幹線を乗換え、長野の駅に到着してもまだ、漁師カレンダーの話は止まらなかったそうだ。

アイディアの種が生まれてから形になるまでのスピードがまた早かった。
和枝さんが当時、斉吉商店さんのパッケージリニューアルを相談していたサンアドさんに構想をお話されてから、トントンと企画が進み、第一回目の漁師カレンダーは、藤井保さん撮影によって2013年に発売された。

そこから気づけば今回7シーズン目。2021年版の漁師カレンダーは写真家の幡野広志さんが担当している。

アイディアの種は、今この瞬間も世界中様々な場所で生まれているはずなのに、形にできるものとできないものの差はどこにあるのだろう。

昨日、4ヶ月ぶりにお会いした古賀史健さんとの雑談の中に、その答えがあった。話題は「進む原稿と進まない原稿」のことだったのだけれど、ある古賀さんの一言で、漁師カレンダーや、気仙沼で積み重ねてきた様々なイベントに至るまで「実現したこと」がピーっと1本の線でつながった。

「原稿が進まない時は多分、これを書いて誰が喜ぶのか、その人の顔がまだ見えていないんですよね。喜んでくれる人の顔が具体的に見えると、途端にグッと進む」

今回、幡野さんから写真のデータが届いた時、カレンダーに入る原稿が届いた時。全てが組み上がって、カレンダーのデザインが吉田さんから上がってきた時。まず私の頭にわ〜っと浮かんだのは和枝さん、紀子さんの顔。その後、さゆみちゃんや道有くんなど様々な気仙沼のともだちの顔が浮かんだ。

漁師さんたちのかっこよさを、気仙沼以外の人たち、そして漁師さんたち自身にも改めて知ってもらいたいと思った和枝さん・紀子さんのように、わたしにもこのカレンダーを届けたい人たちの顔が、その後も次々に浮かぶ。気仙沼以外の場所に住むともだちももちろんだけれど、アイコンやアカウントネームでしか存じ上げない、Twitterでお見かけしているあのかたやこのかたに、幡野さんの撮った、書いた気仙沼を見てもらいたい、知ってもらいたいと。

こういう時、一番に連絡してしまうのは、ほぼ日の冨田さん。
「カレンダー販売の時期は難しいかもしれないんだけれど、この期間だったらほぼ日曜日が空いてる!予約会っていう形ならできるよね」

あれよあれよという間にほぼ日曜日のみんなに連絡をとってくださり、7月16日「幡野広志、気仙沼の漁師を撮る。」の展示をスタートすることができたのだった。

これまでにない、とてもとても静かな写真展の幕開けとなっているのだけれど、この期間に育てたたくさんのアイディアの種が、未来の誰かと自分たちを面白くしてくれるように、期間中も小さなアイディアの種を生むことは止めたくない。10月、カレンダー発売の時期には何をしようかな。紀子さんが手配してくださった、さんま船の集魚灯を見ながら、またぐるぐると考える。

「気仙沼、好きですね」
松島出身、東京で働いたさゆみちゃんが、震災後お嫁さんとして気仙沼の人となり、今現在はお母さんになった。
気仙沼にきたばかりの頃、「気仙沼、好きですね」とおいそれと言うことはできなかったけれど、今はスッと言えますとzoomの最後にさゆみちゃんがぽろっと話してくれる。その言葉を聞いて、なんだかとても嬉しくなった。

「ここが好きです」と言えるようになった場所で、さゆみちゃんは新しい創作漫画に意欲を燃やしているそうだ。

きっとさゆみちゃんの頭には、喜ばせる人の顔が2・3人、もうすでに浮かんでいるのだろう。その中の1人に、ぜひわたしも入れてもらいたいんだけれど。新しい漫画、楽しみにしてるね。さゆみちゃん。