羽根を休めた場所がたまたま寿司の上だった、というだけの話。
山口フォトなのに、今回はフォトじゃありません。SAKRAのトップページに月替りで出てくる1枚のイラストから連想したシーンが書かれています。(スマホだと月の変わり目に、PCだと一番下に出てきます。)書いてくれたのは、ランナーでライターの若岡くんです。それではどうぞ。山口フォト。
そういえば、あいつは甘エビが好きだった。
友人の買ってきた寿司パックに、はしをつけようとして思い出した。
ちゃぶ台の向こう側に座る友人は、トロを醤油にずぶずぶとつけていた。シャリもネタもあったものではない。1年前の自分を見ているようであった。
エビの尻尾を左、右と片側ずつ几帳面に外していく。その後に、おしぼりで丁寧に手をぬぐうのだが、その間もエビのつやつやとした背中から目を離すことはなかった。エビをいたわるようにして、そっとはしでつまんで口に運ぶ。それが彼女の食べ方だった。
甘さを舌先で感じた瞬間に、顔がほころぶ。子供のように無邪気に笑みを浮かべては、すぐに恥ずかしそうに取り澄ました表情に取りつくろう。僕にだけ見せる一瞬の表情がたまらなかった。彼女のほほえみを見たくて、背伸びしてカウンターの寿司屋に通うようになった。
おかげで寿司の食べ方だけは、それなりに板についたと思う。空気を包んだシャリは口の中ではらりとほどける。だから、はしで優しく支えて口に運ばなくてはいけない。思い出のほかに得たのは、食べ方だけだ。
なじみになった寿司屋に行くことも、もうない。ひとりで食べに行くのは気が滅入る。
閉じ込めていた思い出が、感情が、寿司パックのふたを開けた途端にあふれてきた。隠れていたわさびのような不意打ちだ。つーんと涙がこみ上げてくる。
寿司をはしで持ち上げたまま、動きが止まる。宙に浮いたままの寿司は、情けないが、いまの僕の気持ちそのものだった。
異変を感じ取った友人がため息をつき、諭すように言った。
「彼女と過ごせたこと自体がありえなかったんだよ。そもそも。いいじゃん、一瞬でも夢を見れたんだし」
どう言葉を返していいのかわからなかった。はしからシャリがこぼれ落ちていく。テーブルに落ちた米粒とイカは、いかにも惨めだった。なおも無言を貫く僕に、彼女が強い視線を送ってきた。
「ねえ、あの子は渡り鳥だったの。君が一緒に飛んでいけないんだから、こうなることはわかってたの。飛ばないなら、もういいじゃない。いつまでも未練たらしくしないでよ」
感情をぶつけるかのような、強い口調だった。驚いて友人の顔を見ると、彼女の目もうるんでいた。次の瞬間、僕の眉間に衝撃が加わり、湿った音がした。友人が手に取った寿司を投げつけてきたのだ。眉間をさすった手からは、醤油の匂いがした。
目を赤くした友人は、ほとんど涙がこぼれ落ちそうだった。それでもまっすぐに僕を見つめていた。
「こんなことをするつもりじゃなかったの。ごめん、でも……」
投げつけたアワビを拾う友人。我にかえったのか、バツが悪そうだった。
でも、謝るのは僕の方だった。友人の気持ちには気づいていた。でも、僕はまだ諦めきれなかったのだ。たとえ、彼女が渡り鳥だったとしても、いや、渡り鳥だから、また僕のところに帰ってきてくれるんじゃないか。淡い期待にすがっていたのだ。もちろん、そんな幸運が再び訪れないこともわかっている。
テーブルに落ちた無残なイカはもう乾きはじめていた。かつては寿司だった成れの果てを眺めながら僕は思う。彼女が、羽根を休めた場所がたまたま寿司の上だった、というだけの話だ。
ちょっと珍しくて羽根休めに舞いおりただけで、シャリが崩れたから、またどこかに飛び立っていった。それだけなのだ。
フォトジャックしてすみません。
改めましてフォトジャック犯の若岡です。フォトジャックのほかに、普段は山や砂漠などを駆けるランナーだったり、ライターです。今回は、ぐっさんとのメッセージのやり取りから、1枚のイラストを見て、なにか書いてみようという流れに。
なぜそんな流れになったのでしょう。よく覚えてないですが、フォトジャックするときは、そんなものです。そんなこんなで、この小話ができました。
イラストを描いたのは、以前つくってもらった本でも挿絵を担当していたムトーさん。SAKRA.JPでもおなじみ、ムトーツアーズのムトーさんです。イラストが「鳥がたまたま寿司の上で羽を休める」という極めて限定的にして摩訶不思議なシチュエーションだったので、書くものはアパートの一室、生活感をにじませてみました。
機会があれば、またジャックさせていただきます。では、またお会いする日まで、お元気で。
※文中で投げられた寿司はスタッフがおいしくいただきました。