異常はなしだけど、びっくりはある。
ハノイにやってきました。
2月のホーチミンが初ベトナム。果物やハーブの色鮮やかさと、プップーと鳴り止まないバイクの音。目にも耳にも鮮やかな音色の国で過ごした時間は、穏やかな刺激に満ち溢れていました。
またベトナムを旅したい。同じ場所に再び足を運んで、新たな発見をすることも悪くないけれど、せっかくならば違う都市を訪れて、そこが新たに好きな場所になったら嬉しい。
そんなことを思っていた矢先に、本屋さんをぶらぶらしていたら、『食と雑貨をめぐる旅 悠久の都ハノイへ』という本に出会いました。
著者はベトナムに暮らしながら、少数民族の方々が作る布を取り入れた洋服やアクセサリーを作る仕事を生業とされている竹森美佳さん。本の中には、以前から気になっていた「Hàng Bo(ハンボー)通り」のことも載っていました。
Hàngは商品や店舗を、Boは籠を意味するベトナム語。フランスの植民地だった時代に竹細工の商品が並んでいた名残から、通りにこの名前がつけられているのだそうです。今は手芸用品や洋裁小物を扱う商店の並ぶこの通り。以前、ハノイを旅する方のYouTubeでこの通りの様子を見てから、ベトナムに行くならピンポイントで訪れたい場所になりました。ボタンやレース、ビーズに紐。1日中、通りを行ったり来たりしてしまうのではないかと思うほど魅力的な場所。
もうひとつは、同じハノイの旧市街にある「Hàng Khoai(ハンコアイ)通り」。厨房機器や台所用品の集まる合羽橋のような通り。Khoaiは台所を意味するのかと思いきや、単語をしらべてみると芋という意味が出てきました。その他にもおもちゃを専門にお使う店の集まる通りやシルクの布を扱う店がずらっと並ぶ通りもあるらしい。ぶらぶらぶらぶら。通りを行ったりり来たりしている間に、買い付けバックがパンパンに膨れ上がりそうな予感しかない。妄想旅がすでに楽しすぎる。
本の奥付を見るのは若干職業病のようなところもあるのですが。本の装丁を担当されたのはどなただろうと名前を見てみると「千葉佳子」さんと書いてある。なんと友人のちばっちがこの本の装丁を担当していました。ベトナムの色鮮やかなかわいさを所々に散りばめつつ、全体としてみると落ち着いた、センスの美しい1冊にまとめあげている。さすがちばっち!とうなづきつつページをめくる。
ハノイ熱が高まっていた秋の頃、and recipeで開催していたPOP UPにちばっちが遊びに来てくれました。ハノイの本のデザインがとっても素敵だったと話をすると、実際にはハノイに行ったことがないという。それならばと一緒に旅にでかけることになって、二人でハノイまでやってきました。
成田からハノイまでの移動は、ホーチミン行きと同じ飛行機Vietjet Air。フライトの時間は6時間半ほど。機体の到着の遅れで、出発の時間は30分くらい押したのだけれど、後半あきらかにジェットエンジンフル稼働の時間があって、ハノイの到着時刻は予定から5分ずれる程度でした。
日本ならば機体が到着するや否や収納棚がぱかぱか開く音がして、パッセンジャードアが開くまでに、自分ももちろん含めて万全の降車体制を整えている人がほとんどなのだけれど、ベトナムの皆さんはのんびり。パッセンジャードアが開いて前の座席のお客さんが歩き始めてから収納棚を開、け荷物を取り出す人も多く。ゆっくり順番を待つお客さんたちの姿を見ていたら、2分3分早く降りたところでそのあと大きく変わることがあったのだろうかと、おおらかな気持ちがどんどん体を循環し始める。
ハノイのノイバイ国際空港からホテルのあるホアンキエム湖まではタクシーで40分ほど。日本の企業もたくさん進出をしているベトナム。各地の業態を見てみるのも面白い。南のホーチミンには、久光製薬やロート製薬。味の素やヤクルト、キューピー、江崎グリコやサッポロビール、キリンビバレッジの名前が並ぶ。北のハノイにはHONDA、YAMAHA。CANON、BROTHER、KYOCERA DOCUMENT、FUJI XEROXなどの名前が上がっていました。空港から市内までの移動の間、所々にかなり駐在の人々が住む高層のヴィラもあって群青色のそらに光がきらきらと浮かんでいる。
ホテル近くの通りに到着すると急に街の明かりが賑やかに増えてきます。「今日はナイトマーケットをやっているから、ここからは車が入れないんだよ。ホテルまでそんなに遠くないからね。」と、ぎりぎりホテルに近い場所まで粘ってくれたタクシー運転手さん。Thank You!と告げて、金土日と行われているナイトマーケットの活気を浴びながらスーツケースを右へ左へ。人の合間をかいくぐってホテルに到着。
シングルベットが2つだったはずのお部屋は、キングサイズのベッドひとつだったり、メインの照明がつかなくて部屋のサイドの照明だけでムーディーな演出になってしまうのもご愛敬。お風呂がきれいでテラスもあって。繁華街のど真ん中にあるホテルはagodaの写真とほぼ差異はなくて結果オーライ。
ハノイ時間22時。日本時間0時。ナイトマーケットも終盤で、ぼちぼち店じまいの様子。少しお腹が空いていたので、カップルが楽しそうにブンを頬張っていたBún riêu cuaというお店で腰をおろす。地図で見るとタクシーで移動かなと思っていたドンスアン市場が目の前。
ホテルから散歩をしながら市場に買い物に来れるねと話ながらメニューを見る。のだけれど、何が何やら中身がわからない。一番おすすめっぽいブン。材料を見ると「snails」と書いてある。スネイルズ。スネイル、スネイル。韓国の化粧品で見たことのあるこの響き。か、た、つ、む、り。かたつむりが入ったブン!フランスだとエスカルゴ。カーリックバターたっぷりのエスカルゴブルゴーニュは、普段よく食べる食べ物ではないけれど、食べたらおいしいってなるやつ。しかし、今日はブン。さっぱりスープに柔らかい麺のブンとスネイルさんが一皿におさまるとなると、かなり存在感が強くなるかもしれない。
ちばっちと黙ってうなづき合う。会話は交わさずとも二人が同じ決断をしていることがわかる。移動で疲れた身体にスネイルは中の上くらいの刺激。刺激は最小限に抑えたいと選んだシンプルそうなブン。ちばっちの前には牛肉、肉団子、卵の入ったブン。こいけの前にはトマト、揚げ豆腐と揚げたエシャレットがたっぷりのったブン。日本では見たことのないハーブがどっさり入ったカゴもブンと一緒に登場。ミント、香草に加えてオリエンタルバジルと呼ばれる、西洋のバジルよりも香りが優しくほのかで葉の小ぶりなバジル。ナギナタコウジュというシソ科のハーブは、シソのような爽やかな香りが濃い旨味のトマトのスープにも負けないパンチがある。スープをたっぷりふくんだ揚げ豆腐がおいしくて、ぱくぱくと食べ進めて、スープを平たいレンゲで流し込むと一気にお腹が膨れる。
ホテルに戻って、今回の旅のきっかけとなった竹森さんの本を開いてみると私たちが訪問したお店のことが載っていた。シンプルなトマトのブンと思って食べていた中身は「田ガニ」と呼ばれる日本の沢蟹のような小さな蟹の殻とトマトを煮込んだスープがベースでした。あの香ばしさは大量のエシャレットだけでは出ない風味だったわけだ。
店じまいが進むナイトマーケットは荷物が運ばれ、テントが建物の通路のような場所にどんどん収納されていく。あまりにすっきりした歩道に距離感が掴めなくなって、ホテルを通り越してしまったかとGoogle マップを開くと、あともう一息という場所だった。
先にシャワーどうぞとちばっちに話しながら、昨日買ったばかりのスーツケースを横にして鍵を回す。
スーツケースのチャックの引手を止める小さな鍵穴。鍵穴はLOCKを意味する縦の状態。OPENのために横にしようと、スーツケースの小さな鍵を取り出して回す。
縦を横に。縦が横に、なる前に。
鍵先がにょきっと折れる。もともと小さな鍵。鍵の持ち手の部分も小さくて心許ないサイズ、ではあるけれど、回すのにそんなに力は入れていない。ぽきっではなくにょきっと折れた。思わず調べてしまいましたよ。鍵の素材ってなんだっけ。勝手にいままでステンレスと思っていたけれど、違うんですね。「細かな配合はメーカーによって異なりますが、洋白と呼ばれる合金になります。洋白は概ね、50~70%の銅と10~30%の亜鉛と5~30%のニッケルから構成されています」とのこと。銅と亜鉛とニッケル。生まれてこの方何度も鍵を回してきたけれど、柔らかいという感想を持ったことは一度たりともなかった気がする。
予備の鍵がひとつあったけれど、スーツケースの中に保証書と一緒に入れたまま。帰国日は11日の月曜日。明日と明後日、下着とTシャツは買えばいっか。靴はサンダルに靴下で来たから、なんとかなる。パソコンやお財布は別のバックにあるからいいとして。えーっと、スーツケースが開かなくて困るものってなんだ。
ふと、ノイバイ空港に降り立った飛行機を降車するときのベトナムの皆さんの姿が頭に浮かぶ。焦ってもしょうがないし、まぁのんびり考えよう。
あぁ、コンタクトがスーツケースの中だ。ワンデイのコンタクトをフォーデイはさすがに厳しいなぁ。メガネもスーツケースにばっちりインの状態だ。しょうがない、開ける努力は少なくともしないといけない状況ではあるわけだ。
で、解決しなきゃいけないことはなんだ。鍵を縦から横にすればROCKは解除。とりあえず、鍵穴の中で折れてしまった鍵の下半分を救出することからはじめるのがいいかな。何か細くて折れない針金みたいなもの。ゆっくり部屋の中を2歩歩いたところで思い出しました。私の耳には、まだファーストピアスがついていたことを!
普通のピアスだと軸が細くて鍵穴の空間に負けて、今度はピアスがポキッと折れる。でもファーストピアスは軸が太い。ちょっとやそっとじゃ負けない硬さがある。鍵穴に金色のファーストピアスの軸を指して、折れた鍵の半分を掘り出す。あぁぁぁ、あと一息。
映画でなんども見てきた鍵師の華麗な技。針金を2本さしてがカチャって回しちゃうやつ。あれ、学べるところがあるのかしら。思わず鍵師を検索。養成講座7日間のコース?技能検定?1週間学んで一生役に立つ技術じゃないか。いや、鍵が折れるって人生にそうあることじゃない。0回の人の方がきっと多いでしょ。
こういう時のために、語学じゃなくて鍵師の技能検定受けとくべきだったかな。あ。そういえば「スーツケース 鍵 折れる」で検索してなかったじゃん。検索するなら、鍵師よりもこっちが先だろう。
検索をしてみても、スーツケースの鍵穴の中で鍵が折れた方はいなかった。うーん。もうちょっとがんばるか。がちゃがちゃしたり、検索したりする間、なぜかずっと冷静に次の行動が浮かぶ。
ベトナムの空気がそうさせるのか、ちょいと疲れているのか。一回は折れた鍵を取り出すことに成功したのだけれど、もう一度半分の鍵をさしてみて、折れた丈夫の鍵をそっと擬似合体させて鍵を回すということを試してみたら、最後でした。鍵穴に潜り込んだ半分の鍵は、永遠に浮き上がってきてくれることはありませんでした。
目薬をいっぱいさして、コンタクトをなんとかもたせるか〜と諦めかけた左脳さんと、鍵を横にすればいいだけだろうという右脳くんが別の指令を右手の人差し指に出す。絶対に鍵穴が回るはずのない方法。ベトナムに来る前にカットして、ほとんど長さのない爪で鍵穴を回してみるという無謀な作戦。
人差し指を縦から横に。カチャ。カチャッって今言った?空いたーーーーーー!
今日一番の興奮。スーツケースが、空きました!!!
気軽にひょいっと旅に出られるようになった2023年。旅にまつわるハプニングもひょっこり起こる2023年。買ったばかりのスーツケースの鍵が折れる体験は、きっと後にも先にもこれが最後。なら、いいなぁ。そういえば、大丈夫ってベトナム語でなんていうんだろう。
大丈夫は、「Không sao!」(コ)ホンサオ!というのだそうです。
Khôngは「ない」Saoは「何か異常なところ」。何か異常なところはない、大丈夫!なんとかなる。Không sao!
11日に日本に帰国するまで。またどんなひょっこりさんが現れるのかも楽しみに。Không sao!の心で、残りの旅を楽しみたいと思います。
朝になって冷静に思い返してみると、Không sao!だけど、びっくりな出来事ではあったかもな。
ハノイは早朝に、通り雨が降って植物を濡らし、今は日差しが強くなってきました。カーディガンを羽織ってHàng Bo通りに行ってきます。
みなさま、たのしい週末をお過ごしくださいませ。