なんとかなる。
もしかして、今回は韓国に行けないかもしれない。
出発前日まで目にしていたはずのエンジ色の旅の相棒が、出発直前にいなくなった。
ポーチやバックを何度もひっくり返す。が、ない。どこにも、いない。
「小池さんて、ちょっと熱海に行ってきますみたいな感じで、韓国行きますよね」
「そうですね。思えば熱海に行っている回数より、韓国にいってる回数の方が確実に多い、ですね。」
そんな会話をしたばかりだった。
出発の日の明け方には「何もなくてもパスポートさえあれば大丈夫」と、今回一緒に韓国に行くあやちゃんとやりとりをしたところ。
パスポートさえあれば大丈夫、ってLINEを送ってる本人のパスポートが、ない。
子どもの朝ごはんを出したら、待ち合わせの新宿駅へ向かうはずが、これは間に合いそうにない。「ほんとうにごめん。先に日暮里に向かってもらっててもよいですか」とあやちゃんにメッセージを打って、スーツケースをガラガラ引きながら事務所まで走る。最近走ると膝がピキって鳴るから、もう走るのは無理だなって思ったんだよね。そんな会話もしたばかりだけれど、ここは火事場のなんとやら。ひたすら走る。事務所にパスポートは忘れていない気がするんだけど。家にないということは、ここにしか可能性はない。スーツケースを1階の郵便受けの下に押し込んで、事務所のある3階まで階段を駆け上がる。ドアノブに右手をかけて、左手でポッケに入った鍵を探す。はぁ、はぁと荒い呼吸をしながら鍵を探していると、床に汗がぽたりぽたりと流れ落ちる。急いで鍵を開けて、無いよなぁ、たぶん無いよねぇと声に出しながら、引き出しやファイルをパラパラめくって捜索。ない。やっぱり事務所にはない。
頭は常時フル回転モードがオン。あやちゃんにまたLINEを送る。「乗ろうと思っていたスカイライナーに間に合わなそうなので、先に成田にお願いします。ほんとにごめん。後から追いかける！」元々、近い時間の別の飛行機でソウルに向かう予定だった私たち。あやちゃんの飛行機は、出発遅延のお知らせが届いたとのことでした。
階段を駆け下り、スーツケースの取手をガッとつかんでまた家に向かって走る。これでパスポートがなかったら、今回の旅は諦めなさいってことだ。事務所から自宅まで、歩いて10分弱の道のり。スーツケースのキャスターが右へ左へと踊りながら、ゴォォォと悲鳴をあげているような音が聞こえる。
しんどい、けれど走らねば。通常よりも移動の時間を4分短縮して、自宅にカムバック。今度はマンションの一階の階段のくぼみにスーツケースをさっと収納し、3階に走る。一度探して全く見当たらなかった袋、ポーチ、ファイルをもう一度ひっくり返す。案の定、エンジ色の君はいない。
これはもう諦めるしかないか。あやちゃんにも連絡しないと。
事務所をもう一度探すか、どうするか。心がポキッと折れそうな自分もいる。でもまだ諦めていない「なんとかなるさ」の自分がもう一人はっぱをかける。
あるはずはないけれど、スーツケース開けてみるか。再び1階に向かって階段を駆け下り、隅っこでスーツケースのダイヤルを回す。カチッと空いたスーツケース。
毎回、韓国へ旅立つ時の荷物は少ない。くるくるまとめれば小さくなるワンピースと羽織りもの、下着、最小限の化粧品、歯ブラシ。半分はスカスカのスーツケースが勢いよく開くと、透明のポーチが見えた。愛しのエンジの君、らしきものがチラチラ見える。何時間ぶりかにご対面。あぁーーーーーーーー！会いたかったよ！旅の相棒！そんなところにいたのかい！
旅が終わったタイミングで控えていた「おかっぱとボブ」のZINEの通信販売。冊子を一括りにする紐にひっそりとついている黄色の花。デザイナーの外山さんが花形に印をつけてプリントしてくれた画用紙をカットする作業。どこかの空き時間にできるかなと、よく切れる小さなハサミと一緒に、中身の見える透明のポーチに材料を入れていた。ポーチが大きいサイズだったから、パスポートと前の旅で残っていた韓国のお札のウォンを数枚、透明な小さなポーチに入れて、ZINEの材料の入った大きなポーチにインしてしまったのが運のツキ。ハサミは出国時の荷物検査でひっかかるからスーツケースに入れないと。パスポートの入った大きなサイズのポーチを、深夜に無意識にスーツケースに。
そこから朝のドタバタ劇がスタートしてしまっていたのでした。
パスポートの発見から、また高速で頭を動かす。まずはアプリでタクシーを呼ぶ。もしここからタクシーで成田に向かうとなると何時間で到着するか。予想よりも早く到着してくれたタクシー。運転手さんに成田まで行くとすると、どのくらいの時間でつきますかねと話をしながら、いったん出発。そうですね、2時間とちょっとかかってしまうかもしれないですね。ですよね、と話ながら飛行機のチケットを取ったTrip.comのアプリを立ち上げる。予約していたチケットは、カウンターの閉まる時間が迫っている。今の飛行機をキャンセルして、次の飛行機で向かうのが得策だ。もともとの出発から、2時間後の飛行機をポチッと予約して決済ボタンを押す。
「すみません、行先を新宿に変えていただいてもいいでしょうか。本当にごめんなさい」
「全然大丈夫ですよ」
運転手さんの優しさに救われる。成田に向かっているあやちゃんに連絡を取り、朝からああでこうで〇〇出発の飛行機に変更しましたと改めて報告。遅延しているあやちゃんの乗る飛行機と出発の時間はそんなに変わらないけれど、ターミナルが1と2で別。
再会できるのは、数時間後の仁川空港になりそうだ。
ほっとしてもう一度アプリを見返すと、チケット予約完了、発券作業中のお知らせが届く。「ソウル仁川空港→東京成田空港」予約完了しました。仁川→成田。仁川から成田？仁川→成田！！！
また慌ててチケットを検索し、成田→仁川の飛行機を予約。今度は間違いなく東京からソウルに向かう飛行機を再度予約。
山手線、スカイライナーと乗り継いで、席についてようやく一息つくことができました。0カロリーでないコーラを、グビグビと体に流し込むと、ようやく汗がひく。全身の力が抜けて、シートに体がしずみ込む。
数時間後、仁川に到着して入国審査を待つ間、少し前に到着したあやちゃんから外の夕焼けがきれいだよと写真が届く。LINEのありがたみ。そこからあやちゃんと再会したのは夜の7時。
仁川は夜の7時。嘘みたいに輝く空港。とても淋しい、だから逢いたい。
野宮真貴さんの歌声が頭を巡る。とても淋しくはなかったけれど、あやちゃんの顔を見た時の嬉しさといったら。
ちょっと熱海まで、の気分で韓国。旅慣れて出国前の緊張感がなさすぎるのも問題があるなと反省の1日。どたばた経験値が溜まってしまうと「なんとかなる」指数もぐんとあがってしまうのが、これまた問題。
そんなこんなも含めて、まるっとOKになってしまうのも旅。こういう楽観性、困ったものです。
所々灰色の雲が空を覆っていますが、お天気は悪くない。今日はぱりっと洗濯物が乾きそうです。そしてもう10月！今年もあと3ヶ月なんですね。みなさま、どうぞ良い週末をお過ごしくださいませ。
