ハイドロポリスの背中。
池袋に到着した時には、もう16:00を過ぎていた。
山手線を降りて改札を出た瞬間、目をつぶってでも歩けたはずの池袋駅に戸惑う。西武線は右?あれ、左だったっけ。閉園の時間が迫っているので、気持ちが焦る。
表示を確認して、左に曲がる。大学を卒業して実家を出てからというもの、西武線に乗る機会は格段に減った。でも、私にとって一番身近な電車が何かと問われたらそれは西武線になる。
最寄り駅は大泉学園。小学校から大学まで、西武線に乗って学校に通った。池袋は何度往復したかわからない通過点だ。それなのに、こんなにもぎこちなく構内を歩くようになるものなんだな。
時計をチラチラ見ながら、豊島園行きの電車を探す。人生で一番乗った電車は西武線なのに、池袋から豊島園行きに乗るのは今日がはじめてだ。そう、ホームの左端。2番線が豊島園行きの停車位置だった。
昨日の嵐の名残もあるのか、誰もいないガラガラの車内を生温かい風がひっきりなしに通り過ぎる。
電車は、なかなか出発しなかった。閉園は17:00。間に合うのだろうか。
もうずいぶんと乗ることがなかったメリーゴーランドにさえ乗れれば、満足なんだけれど。
その存在を特段、気にかけることもなくなっていた。でも、西武線と同じように一番身近なというくくりで行けば、遊園地はとしまえんということになる。
多分、親が私を最初に連れて行ってくれた遊園地はとしまえんで、お財布を握り締めて、友達同士ではじめて行った遊園地もとしまえんだった。
練馬からあと1駅。当時の練馬は高架になっていなかったけれど、今は豊島園駅まで、低速でゆっくり電車がくだっていく。
駅に到着すると、もうすでに16時半を回っている。入場できるかどうかも怪しい。
としまえんは改札を出て左に曲がればいい。
池袋と違って、この駅では迷うことはない。こどもの頃の高揚した気持ちの何十分の一かが、瞬時に戻ってくる。急がないと、メリーゴーランドは待っていてくれない。
私の少し前をお孫さんを抱えたおばあちゃんが走っている。
「年間パスポートを持っているんです、孫が一つだけ乗り物に乗れればいいんですが、なんとか入れてもらえませんか?」
切符チェック担当の女性二人が顔を見合わせ、自分たちでは判断できないという表情で、紺と白のストライプの制服の男性に入場可能かどうかを確かめる。
少しだけ、考えた様子だった男性は、ニコッとして
「年間パスポートお持ちなんですよね、いいですよ。どうぞお入りください」
と丁寧に告げ、ボックスの窓からさっと顔を引っ込める。
おばあちゃんとお孫さんは検温の時間も足踏みをしながら、すぐ園内に消えて行った。
その後ろで、もちろん年パス(って使ってみたかった)もない、チケットもない私がオロオロと切符チェック担当の女性陣に訊く。
「多分、閉園までもう来ることが出来なそうなんですが、一つだけ乗り物にのせていただけないでしょうか」
女性たちはまた、自分たちでは判断できないと、ボックスに入った男性に声をかけ、今度はストライプの制服を着た男性がボックスから出てくると
「こちらへどうぞ」と小走りに案内をしてくれた。
入園口から少し駅の方に戻ったところにあるチケット売り場。私は目もくれることなく通り過ぎていた。こどもの頃、少しドキドキしながらここでチケットを買っていたのに。
コンコンとボックスのドアを叩いて、ストライプの制服の男性が中の人と会話をする。どうやらチケットは売ってもらえるらしい。
「正面に回ってチケットを購入してください」
親切な男性はニコッとして、また入園口のボックスに小走りで戻って行った。
軽く頭を下げ、正面に回って、入園券を買う。
中学生以上、1000円。
手元にチケットがやってくると、なんだか急に寂しさがこみ上げてきた。
そうだった、ここに来たら自分がどんな気持ちになるか、ずっと気になっていたんだ。
検温をして、小さな頃何回もくぐったゲートを通過する。
左手には、プールエリア。こんなに暑いのに、今年は「プール冷えてます」とお客さんを迎えることのできないハイドロポリスの背中が、だいぶ寂しそうに見える。
2020年6月12日、大正15年・西暦1926年から続いたとしまえんが、今年の8月31日を持って閉園することが発表された。
今日はとしまえんのメリーゴーランドに、もう一度だけ乗りたかったのだ。
来週につづく。