福が来る。
新年明けましておめでとうございます。2023年もよろしくお願いいたします。あっという間に1月も1週間が経ってしまいました。仕事も始まって浅草に打ち合わせに行ってきました。
帰宅するつもりで都営浅草線に乗り、東日本橋で都営新宿線に乗り換え。構内を歩きはじめたところでメール。急ぎで返事をしなければならない要件。携帯電話では打ちづらい内容。一旦地上にあがって喫茶店で仕事を片付けてから移動することにしました。
乗り換えのため地下を歩くことは多いけれど、地上を歩くことの少ない東日本橋、馬喰横山。メールを返信してから、せっかくなので夕方の東日本橋界隈をぶらぶらと歩いてみる。
空の色が白の混ざったブルーグレーからだんだんと濃藍に変わっていく時間。大きな通りを挟んだ向かい側に明るい光の神社を見つけました。
「日本橋七福神廻り」というのぼりが見える。神社の名前は「笠間稲荷神社」と書かれています。調べてみるとここは寿老神を祀っている神社のよう。寿老神は長寿と吉運を司る神様。中国の老子が天に昇って仙人になった姿をしている。三千年の長寿を保つ玄鹿を従えて、人々の難を払う団扇を持っていることから、福財・子宝・諸病平癒・長寿の功徳があるといわれているのだそうです。ベビーカーに赤ちゃんをのせて、もうひとり小さな男の子を手をつないだお母さんが私の前にお参りをしていました。
グーグルマップでいま自分のいる位置を確認する。すぐ近くに「末廣神社」があってそちらで祀られているのは毘沙門天。七福神の中で唯一武将の姿をしている神様で別名を多聞天というのだそうです。右手に宝棒、左手に宝塔、足の下で邪鬼天の邪鬼を踏みつけている。 七福神の中では、融通招福の神として信仰されている神様。他には大黒神を祀っている「松島神社」が対角線上にある。左肩に背負う袋は財宝、右手に持つ打ち出の小槌は湧き出る富、足で押さえた米俵は豊作を意味している大黒様。五穀豊穣、お金にまつわるご利益があるとされている大黒様の元になっているシヴァ神は、破壊の神様。そういえばネパールに行った時も、シヴァ神の話をよく聞きました。破壊のあとに創造がある。
「水天宮」には七福神唯一の女性の神様、弁財天が祀られている。弁財天の元になっているのはヒンドゥー教の女神・サラスヴァティー。ヴィーナと呼ばれる琵琶に似た弦楽器を手に持って、白鳥やクジャクの上に座っている姿が描かれている。 サラスヴァティーというのはサンスクリット語で「水を持つもの」の意味なのだそう。水と豊穣の女神、日本ではお金にまつわること、商売繁盛、交通安全や恋愛成就、子孫繁栄や技芸上達、長寿といった幅広いご利益のある万能エンターテイナーな神様なのだそうです。水天宮と人形町の駅の中間にあるのが「茶の木神社」。ここで祀られているのは布袋尊。中国の800年代ごろにいた「契此(かいし・けいし)」という僧侶がモデルになっている神様。ご利益は無病息災や商売繁盛。小伝馬町と人形町の間に位置する「椙森神社」で祀られているのは恵比寿様。七福神の中で唯一日本の神様。漁業の神様でもあるえべっさん。五穀豊穣・開運招福・学業成就、そして商売の神様でもあるのだそうです。
たまたま出会った笠間稲荷神社でお参りをしたあと、ぶらぶらと歩いていくと駅前の人形町通りのあたりで道全体が急に明るく光っていました。とっぷりと日が暮れて、提灯の光が存在感を増す時間。時計を見ると時刻は17時少し前。
人形町にパワースポットがあるよと教えてもらい、以前に一度だけ訪れたことのある「小網神社」。ここから遠くない距離にある。七福神の最後「福禄寿」。中国の道教を由来に持つ南極星の化身で、 幸福・俸禄・長寿の三徳をそなえる神様が小網神社に祀られている。
甘酒横丁をぬけて首都高速の方角を目指して歩くと、同じ方向に向かって歩いている人の数が増えてくる。すっかり日が落ちた時間だけれど、神社から一本道を挟んだ通りのビルの前にたくさんの人が並んでいて、赤いポールで参拝を待つ人の列が整えられていました。
その列を見て逡巡。急ぎで返信しなければならないメールのおかげで、帰路の途中で東日本橋で下車しなければ来ることにはならなかった。これも何かのご縁。お参りをして帰ろう。
迷いながら並ぶことを決める間にも、後ろの列はどんどんと伸びていく。一定のリズムでどどっと前に進める時間帯があり、少しずつ神社に近づいていく。会社の仲間で並んでいる人。本を手に読書をしながら前に進む人。赤ちゃんを抱っこして順番を待つご夫婦。社に近くなると、みんな携帯を高くあげて写真を撮る。
神社に近くなると別の列が向かい側の道路にできている。最後尾の看板には「銭洗」の文字。
強運、厄除、商売繁盛の神様。もっと時間がかかるかと思ったけれど40分ほどでお参りをすることができました。境内でお参りをして、前の人にならって福禄寿の頭をなでる。一礼して鳥居をくぐって今度は本当に帰宅するために駅に向かって歩く。
駅にとても近い場所まで来たところにある黄土色の一軒家の建物。「西洋料理」という文字が目に入りました。洋食ではなくて、西洋料理。その響きに惹かれて、店の真正面に立つ。ひらひらと控えめに風に舞う暖簾の下にはカツカレー、ポークソテー、カキフライの文字。グー、きゅるきゅるきゅる。そういえば、朝にパンを食べたきり。ガラス戸を横に引くと1階のテーブルがふたつと2階に向かう階段が見えました。
「すみません、相席になってしまうのですがそれでもよければどうぞ」
女将さんがさっと答えてくれて、靴を脱いで2階に上がる。大きなテーブルの真ん中にアクリルボードの仕切り。ボードの向こう側のカップルに相席すみませんと会釈をして正座でメニューを見る。
ビフカツ、チキンソテー、ポタージュ、ハムサラダ。オムレツにアスパラガスにホタテはフライとソテーがある。わぁ。これは何を頼んだらいいか分からない。むしろ全部注文したい。正座の姿勢の体を左右に揺らしながら、しばし悩む。コロッケ、ポークソテー、カツレツ。でもハンバーグも捨てがたい。ハンバーグ。ハンバーグ。ホタテフライ。やっぱりハンバーグ!
「すみません、ハンバーグとポタージュをお願いします。」
「ライスもつけますか?」
「はい!お願いします。」
相席スタートの時点でもう八割がた食事を終えていたカップルが帰りの支度を始めて、2階の御座敷が一人になった。洋食はもちろん大好きだし、洋食という響きも好きだけれど、西洋料理と言われるとよりおいしそうに聞こえるのはなぜだろう。カニサラダも注文すれば良かった。
「お待ちどうさまです。」
焦げ茶色の陶器の器に白いポタージュが、シルバーのスプーンと共に登場。すぐにでも手をつけたい気持ちを押さえて、ハンバーグの到着を待つか、スープを飲み始めてしまうか。正座の姿勢を前屈みにしてポタージュをしばし眺める。真っ白のとろりとしたスープの合間に見える黄色い点々。じゃがいもとコーンのポタージュなのかな。ううううう、我慢の限界。飲んでしまおう。
ポタージュをあっという間に平らげて、また静かに待つ。
「はい、ハンバーグです。ごゆっくりどうぞ。」
お茶碗に入ったごはんはさっぱり固めに炊いてあって、粒がぴんと立っている。細くスライスされたキャベツの上にはパセリ。寄り添うポテトサラダ。ハンバーグのソースはみりんと醤油の照り焼き風味。キャベツに塩をしゃかしゃかふって、いただきます。
パン粉などのつなぎの入っていない「肉」を感じるハンバーグ。ところどころに玉ねぎの甘み。お箸で切って、お茶碗のごはんにのっけて一緒に食べるのが正解。続いてキャベツを多めに口に運ぶ。ポテトサラダとの境界線。ほんのり香るマヨネーズもうまい。2階のお座敷。お茶碗に入った白米。気づくとすっかりリラックスして、実家でご飯を食べているような気持ちになっていました。
パセリもキャベツと一緒にぱくり。ハンバーグは大きくカットして口に運ぶごはんも多め。あっという間にお皿とお茶碗が空っぽになりました。最後のごはんを噛みしめながら、次に来た時には何を頼もうかと悩み始める時間も口福。
ごちそうさまでしたと手を合わせて、帰り支度。中腰で立ち上がったエアコンの横には、猫屋江戸八さんのサインが貼ってありました。「先客万来 まねき猫 来福亭さま」。
予定にない途中下車から、ぶらりぶらりと歩いて最後にたどり着いたのは福のつまったハンバーグ。
2023年はなんだかいい年になりそうです。
みなさま、よい週末をお迎えくださいませ。