受け継ぐ。
「3月の発表会でベースを弾くことになったんだけれど、ママのやつ借りてもいい?」
お年玉で中学生の時に購入した白いベース。ケースに閉まったまま、何年経っているんだろう。
「もちろんいいよー。で、なぜまた急にベース?」
3年生が受験に向けて引退し、1年生と2年生だけになった吹奏楽部。息子を含めて、打楽器のパートは3人。3月に行われる発表会で演奏する三曲の楽曲で、ドラムを1人1曲ずつ叩くことにしたそうだ。「1年生たちはドラムの初心者だったから、今教えてあげてるんだ。」新入部員として1年生が入ってきてから、とても楽しそうに話していた息子。1年間1人だった打楽器のパートが3人に増えた。発表会のような人がたくさん見ている場で演奏すると、うまくいったところと、うまくいかなかったところも含めて、一気に伸びる。
ティンパニーや大太鼓、トライアングル、カスタネット。吹奏楽部で打楽器が演奏するパートはドラム以外にもたくさんあるのだけれど、やっぱり花形はドラムセットに座ってリズムを刻むこと。演奏に慣れている息子が全部の曲を叩かずに、3人の部員が1曲ずつドラムを叩くのはいい。
「何の曲をベースで弾くの?」「AIのStoryって曲あるでしょ。あの曲でベースを弾くことになった。」
AIの「Story」ベースは、指弾きをするのだそうです。「1日やったら中指が痛くなった。」おうおう、青春の痛みだね、いいねと口から出た言葉をそのまま発しながら、ベースのスタンドをアマゾンで購入。わたしがまたベースを弾くわけではないのに、ちょっとたのしい気分になる。
こどもの部屋で息を吹き返したベース。何十年も経って、こんな風にこどもに受け継いでもらえるなんて、母は夢にも思いませんでした。捨てる時はわりと潔く処分してしまうタイプ。こどもにとってはどのベースを弾いたとしても同じかもしれないけれど、息子に受け継いでもらったことで母にとっては違う意味の生まれたベース。処分しなくてよかったと思ったコレクション「ランキング第1位」。うん十年前に池袋のクロサワ楽器で購入した5万円前後のベースが、急上昇ランクインしました。
ちょっと練習したら、弾けるようになってしまうのがすごい。ドラムがメインのむすこがベースを弾く機会は、発表会が終わってしまったらまた何年もないのかもしれないけれど、捨てずに受け継いでいってもらえたらいいな。
母1代かぎりの時にはそんなことを一切思わなかったベースに、新しい意味が生まれてしまいました。
受け継いでもらえるのって、こんなに嬉しいものなんだ。
週のはじめに予想外の気持ちに出会った週末。昭和の始まりの頃に建てられた古い木造建築を改装して、新しく人が集まる場所にしたい。受け継いだ場所を、どんな風に育てていくか。オーナーさん、不動産屋さん、建具屋さん、茶人、写真家、編集者が集まってキックオフ。全員がほぼはじめましての会に、ごはんを作りにお邪魔しました。
蒸し野菜を蒸籠に準備しながら、肉に塩とごま油をすりこみながら。背中ごしに聞こえるオーナーさんの明るい声。はじめましての人と人が自然とつながっていく気配はなんとも心地よく。ごはんを作るって幸せなことだと感じながら。そういえばレシピも「受け継いでいくもの」なんだよなという思いがふとわきあがりました。レシピはただの記号のような文字かもしれないけれど、常に誰かのお腹を満たしながら、おいしいと思ってもらえたレシピは、人を超えて時代を超えて。誰かに分けられ続けて、減ることもないものになっていく。
古くからそこに存在する建物も、壊してしまったらそこで終わってしまうけれど。受け継いだ人が整え直して、そこに新しい愛情を込めたら、また違う誰かとその場所に縁ができて、息を吹きかえすことができる。
「もう大丈夫ですよ。そうなることに決まっていたんです。」400年前に千利休が自ら削った茶匙を受け継いだ茶人の方が、軽やかにお茶を点てながらふとおっしゃった言葉が耳に残る。
この茶匙も何年も人の手を渡ってここにやってきたもので、「お茶を点てる」という行為もまた穏やかな、時に激しい時間を重ねながらここまで受け継がれてきたもの。
ベース以外にこどもに受け継いでいけるもの、あといくつあるかな。
そういえば最近一緒に料理をする機会がちょっとずつ増えてきている。毎日ごはんを炊いている無水鍋。あの鍋は受け継いでくれると嬉しいな。そしてレシピはどんどん渡していける。
受け継ぐって嬉しい行為なんだな。そんなことを思いながら過ごした1週間でした。
年末にむけてお忙しい日が続いている時期かと思いますが、しっかり眠って、体調を戻す時間がありますように。よい週末をお過ごしください。