かなたからの手紙。
早く準備しないと開店に間に合わない。かばんを肩にひっかけて駅までの道を急ぐ。新宿駅。小田急線からJRヘの乗り換え口は人が溢れていて、ぶつからないようにすり抜けながら中央線の階段を降りる。八王子・立川方面。次に来るのは特快のようだ。今日目指すのは高円寺。電車がホームに到着していたら、飛び乗っているところだった。中野を過ぎたら三鷹まで電車を降りることができない特快トラップ、危ない危ない。
今日のお昼は11時30分開店の街中華のお店「七面鳥」で食べると決めている。ラーメンもチャーハンも餃子も食べたいところだけれど、レビューに書かれた「絶景オムライス」の文字。絶品ではなく絶景なのです。画像検索に並ぶたっぷりケチャップのかかったその姿。迷うことなくオムライス一択になった。
去年の夏、高円寺の北口にある小杉湯さんの「ケの日のハレ」というメディアで取材をして頂いた。小杉湯の三代目平松祐介さんと編集部のみなさんが、高円寺の駅から母校である光塩女子学院までの道を一緒に歩いてくださった。光塩までの通学路をそのまま歩いた散歩コースは住宅街で、気象神社を有している氷川神社のほかにはこれといったフックになるような場所はないのに、みなさんニコニコお付き合い下さってありがたかった。
母校近くで写真を撮って、小杉湯さんに戻る帰り道は通学路とは違う道、南中央通りを歩く。その途中で出会った中華「七面鳥」を見た平松さんが「ここも小杉湯と同じでとても昔からあるお店なんです」と教えてくださった。その時からなんだかとても気になって、いつか食べに来なければと思っていたお店。
南口を出て、通学路だった道には行かずにYonchome Cafeと三井住友銀行の間の道を下る。こっちのほうが近道だし、歩いていて楽しそうな道だったからなのか自然と足が向く。OKストアに飲み屋さん、古着屋さん。前から気になっていたcotogotoさんという生活雑貨のお店もあって、活気のある通りを南中央通りにぶつかるまでまっすぐ歩く。大人になってからは、何かピンポイントで目的のある時以外は訪れる回数の少なくなった高円寺だけれど、12年通った記憶の断片があちこちに落ちている街。そういえば12年も通ったのに、名物の阿波踊りは提灯のかかったやぐらしかみたことがなくて、阿波踊りに参加したというような、絵になるわかりやすい記憶はない。
見たかったけれど見れなかったものや、食べたかったけれど食べられなかったもの、入りたかったけれど入れなかったお店。そういうものの方が、頭の片隅に強く残っている。してみたかったけれどできなかったことが詰まっているのが高円寺なのかもしれない。
南中央通りに出るとまだ開店前のお店が立ち並ぶ。古着屋さんは12時以降の開店のようで、通り全体がとても静かだ。
七面鳥に向かう手前。「ら〜めん」という文字の看板を目にしてお腹が鳴る。真っ白な暖簾がお客さんの入る扉の前の1枚だけ畳まれていて、残りの2枚が風に揺れている。おいしいものレーダーが働くけれど、今日はオムライス。七面鳥はあと数軒先のはず。GWの明けた平日。と思っていたけれど、今日もお休みにして、10連休という方もいるせいか、やっぱり静かな通り。時間を見ると11時40分。七面鳥の前には入店を待つ人の列ができていると想像していた頭の中は、すぐに裏切られることになった。
土曜定休というところまでは調べていたのだけれど、そうですよ。世の中はゴールデンなウィークですよ。ゆっくりとお休みを。オムライス……は今度。あらためて。かならずや。高円寺にまた来る理由ができたのだ。呼ばれてる、高円寺に。オムライス……。
空気の入れ替え中なのか、少しだけ空いた扉の隙間。白木のカウンターだけでも拝みたかったけれど、そこはぐっと我慢。昭和34年から続いているというお店のカウンターは真っ白で、お寿司屋さんのようにきれいなのだそうだ。しかもそのカウンターは創業当時から使われているものなのだとか。お店は2代目と奥様、そして3代目でお客さんを迎えているという情報は、dancyu webの「麺店ポタリング紀行」から得た。2019年5月9日に更新されているものだから、お店の状況も少し変わっているのかもしれないし、変わらずお客さんを迎え続けていらっしゃるのかもしれない。
オムライスを食べることだけを考えて、ここまで水分も取らずに来てしまった。中華という赤い文字を目でなぞりながら、横にあるコカコーラの白い文字に目がいく。こういう時のコーラは一番旨い!〇〇な時のコーラが一番旨い、と思う瞬間があと何回も人生にありそうな気がするけれど。さぁ、お昼はどうするかな。
携帯で「高円寺 グルメ ランチ」と検索するのもなんか違う。瞬時にそう思って、来た道を戻る。そうださっきのら〜めん。お店の前にベンチが2つ並んでいた。お客さんが並ばないお店ならば、ベンチは置かないはず。待っても食べたいお客さんのいるお店、なのだきっと。
外から店内を覗くと食券の販売機前で二の人男性が何にするか迷っている。せいいっぱい怪しさを消しながら扉の外から販売機に目を凝らす。味玉、ゆでキャベツ、バター。トッピングメニューの上。ピリ辛つけ麺と目が合った。オムライスとは1mmも繋がらないメニューだけれど、今日は暑いし辛いつけ麺にしよう。
瓶ビールも頼むか。カウンターの奥から声が聞こえる。昼からビールいいですね。もう週末だし。警備服、ニッカボッカ、スーツ。仕事の合間にさっとご飯に来ていらっしゃるのか、私以外は全員男性のお客さん。店の入り口にかかった時計を見ると12時06分。そうだった。まだお昼の時間は始まったばっかりなんだ。自分を含めて4人だったお客さんは、6人、7人と増えていく。ピリ辛つけ麺を待つ間、Twitterに「高円寺」と入れてみる。グルメ、ランチと検索する野暮なことはしないと思ったばっかりなのに、一番上に出てきたのはエリックサウスのカレーの写真。カレーっていう手もあった。そんなことを思ったら、これから来るつけ麺に失礼じゃないか。高円寺に来る理由がまた、もうひとつできた、ということだ。
「お待ちどうさまです。」
器の縁にぷつぷつと浮かんでいる赤いラー油。食欲をそそるつけ麺のスープとつやつやの麺を自分の前に移動させながら、真っ白のシャツで来てしまったことに気づく。予定は変わるし、腹ぺこだしで豪快に麺を箸に取ってズルズルとすすりたいのに、今日はそれができないスタイルだった。控えめに麺をとり、できるだけ汁が飛ばないように。器にできるだけ顔を近づけてゆっくり麺を口に入れる。なると、たっぷりのねぎ。刻んだチャーシューとしなちくの入ったつけ麺のタレは思ったより辛い。そして旨い。平打ちの太麺のゆで加減はばっちりで、刻み海苔が多めに絡んだ部分の麺にあたると、また旨い。汁が飛ぶことを忘れそうになるくらい、麺をすするのに夢中になる。
店内ではJ-WAVEが流れていてLiLiCoさんの声が聞こえる。ラジオはコロッケの話が続いていて、伊豆下田のキンメコロッケがおすすめされている。キンメの煮付けのタレをじゃがいもに混ぜ、ほぐした身をじゃがいもの中に詰めて揚げるんだそう。「わたし毎年キンメマラソンのアンバサダーで下田に行ってるのに知らなかった!」LiLiCoさんがマラソンのアンバサダーをしていることより「キンメマラソン」というパワーワードに耳を引っ張られて、キンメの着ぐるみを着て走るお姿を想像してしまったことを、ここにお詫びします。「コロッケの日の特集をお届けしました」つけ麺を食べながら、いろんな情報でお腹がいっぱいになった。
高円寺には気になるパフェのお店もあったのだけれど、さすがに無理かな。お腹をさすりながら、駅の方に向かって歩く。
せっかく高円寺に来たからには七つ森に行ってもよかったし、ゆっくり古着を見て帰りたかったし、北口もぶらぶらしたかったけれど次の予定まで高円寺にいられる時間が45分ほど。cotogotoさんで雑貨を買ってお茶をするくらいの時間はあるかな。ハンターの目で雑貨を見ながら、ぱぱっと欲しいものを買い物カゴに入れていく。
まだお腹はいっぱいだけれど、このまま帰るのはなんだか少し心残り。
登下校時、いつも目に入っていたお店でお茶を飲むことにした。初等科1年生の時から現在まで、ずっと変わらず高円寺の南口にあるお店。
赤い壁にゴールドで書かれた「トリアノン」の文字。
厳しい校則で寄り道禁止の学生時代。洋菓子、喫茶室の文字を眺め続けたお店。駅の南口を出てすぐの左側で一番目立つ建物。意識して、無意識で。おそらく毎日毎日見ていた「トリアノン」。
もう十分過ぎる大人なのに、初めて店内に足を踏み入れる瞬間は、やってはいけないことをしているような気持ちになった。店の外からケーキのショーケースをチラ見する、ネクタイにジャンバースカート姿の自分の影が見える。
喫茶室ではきっと常連さんであろう方々がケーキやコーヒーを飲みながら思い思いに過ごしている。お腹がいっぱいのはずなのに、ケーキを無視することはできなくて、ショートケーキとコーヒーを頼んだ。
ほどなくしてやってきたショートケーキのスポンジは口の中ですっと溶ける軽い仕上がり。ショートケーキのもう一人の主役、生クリームもちょうどいい甘さ。どれだけの人を幸せな気持ちにしてきたケーキなんだろう。苺を頬張りながら、トリアノンのホームページを見てみると創業は昭和34年。現在の社長は3代目。「七面鳥」と「トリアノン」なんと同級生でした。
こんな風に高円寺に行きたくなったのは。光塩時代の同級生のいっちょが、ふいに届けてくれたメッセージがきっかけでした。
「こんにちは〜。お久しぶりです。いっちょです。実家の片付けをしてて、初等科の卒業文集を見つけたので写メ送ります。SAKURA.jpいつも楽しく読んでます。この頃から構成が斬新だったんだなぁと思って送りました〜」
SAKRA.JP、私も最初よく「SAKURA」と書いてリーダーのぐっさんに「SAKRAだよ」と優しく訂正をしていただいておりました。それよりなにより卒業文集ですよ。笑いました。自分の作文を読むBGMはスチャダラパーの「彼方からの手紙」です。脳内BGMではなく、もう実際かけちゃいました。今も聴きながらこれを書いています。フルートから始まる夢のように爽やかなトラックにボーズさんの声。
「毎日みんなで口にするのは 『あぁ あいつも来てればなぁ』って本当にぼくも同感だよ それだけが残念でしょうがないよ ここにいればすべてうまく行くとか そんなふうにすら思えてくるのさ」
「彼方からの手紙 」スチャダラパー / 作詞: 光嶋 誠 · 松本真介 · 松本洋介 / 作曲:光嶋 誠 · 松本真介 · 松本洋介 / WILD FANCY ALLIANCE ℗ Sony Music Entertainment(Japan)Inc. Released on: 1993-02-21
共学の大学には行った。マクドナルドでバイトはしなかった。でも今でもマクドナルドのバイトには憧れてる。青山にあるマンションで一人暮らしどころか、20才の私は4年間がっつり実家から大学に通いました。具体的に先生の名前を書いてることにドキドキするけれど、このくだりは文字数を埋めるために書いたな。12歳のわたしよ。当時これを読んだ先生方はニヤニヤするくらいで、ご容赦いただいていたのでしょうか。
20歳からも倍以上時間が過ぎてしまったけれど。最近ちょこちょこ高円寺に行くんだよ。
「地平線の意味 ありとあらゆる単位 空気の密度 火そのもの しあわせの構造 音 うわの空 石のドラマ 正気の沙汰 記憶のかなた 諸悪の根源 点と線 原点 じゃんけん 人間 それらすべてがついさっきつながった」
彼方からの手紙 」スチャダラパー / 作詞: 光嶋 誠 · 松本真介 · 松本洋介 /作曲:光嶋 誠 · 松本真介 · 松本洋介 / WILD FANCY ALLIANCE ℗ Sony Music Entertainment(Japan)Inc. Released on: 1993-02-21
あの頃してみたくてもできなかったこと、好きな時にできる年になったけれど。あそこに寄り道してみたいって思った12歳の自分がいなかったら、今日ここでケーキを食べることもコーヒーを飲むこともなかったと思うとなんだか不思議だよね。
20歳からも倍以上時間が過ぎてしまったけれど。平凡ですが、これで毎日楽しく生活をしています。
皆様、今年のゴールデンウィークはどんな風にお過ごしでしょうか。残りのお休みもたのしくお過ごしください。