おいしいに続く道。
「明日の晩ご飯さ、炸醤麺が食べたいんだけど。あとティラミス作りたい」
ひと月後には中学2年生になる息子からのリクエスト。
「炸醤麺は真っ黒なソースの韓国っぽいやつ?きゅうり乗っけた肉味噌っぽいやつ?」
炸醤麺で画像検索。
「肉味噌っぽいほうで」。
「了解」。
「ティラミスは自分で作るの?明日ドラムの帰りにスーパー寄って材料買おうか。何が必要か調べておいて」
「マスカルポーネチーズとカステラ。生クリームある?グラニュー糖。あとコーヒーシュガー、卵かな。」
「コーヒーはおうちでもいれられるけど、コーヒーシュガー使うのがいいんだ。」
「うん。そうみたい。明日スーパーで探す。」
YouTubeのコメント欄を見ながら材料を読み上げる息子。炸醤麺とティラミスの組み合わせはなかなか斬新ではありますが、こどものこれが食べたいは大事にしたい。
翌日。習い事を終えて駅のスーパーに立ち寄り、足りない材料を買い揃えていきます。
「炸醤麺の材料探してくるからさ、ティラミスの方はよろしく。」
そう息子に伝えて、二手に別れる。マスカルポーネチーズにもいろいろ種類がある。生クリームも35%と47%どっちを選ぶのかな、など。母としてはこどものチョイスに興味があったので、任せてみました。生クリームの35%と47%を見た時にどんな風に迷うのか。マスカルポーネチーズはジャケ買いなのか。美味しそうな方を選ぶのか、分量できっちり選ぶのか。一緒に買い物に来てしまうと、私が必要なものをぽんぽんカゴに入れていってしまうから、今回はなかなか興味深い。こどもの選択を楽しみにしながら、母は炸醤麺に必要な豚のひき肉を手に取りました。
「ママー、ちょっと来て来て。」
順調にチョイスを続けていた息子からヘルプが入る。
「コーヒーシュガーで作るって書いてあったんだけど。あ、カステラ に塗るコーヒーの部分ね。インスタントコーヒーでやるほうがいいかな。」
「ケーキにコーヒーがしっかり染み込んだティラミスのほうが、個人的には好みかなぁ。インスタントコーヒーの方がコーヒーの味がしっかり入るかもね。どんな味にしたいかで選ぶのがいいんじゃない?」
「そっかー。う〜ん。じゃぁ、インスタントコーヒーで。」
おうおう、一個一個考えてるじゃん。出来上がりの味を想像して、この材料はあっちがいいかな、こっちがいいかな。そんな風に考えるひとつひとつの時間がおいしいにつながる道。
一通り材料を買って、さぁ家に帰ろうと駅の階段を降りていると。横で携帯をチェックしている息子から待ったの声がかかりました。
「このYouTubeに載ってるレシピだとさ、マスカルポーネが200gなんだけど。さっき買ったのって何グラム?」
「見てみよっか。114gって書いてあるよ」
「あー。もう一個買ってこないとだめかな。」
「もう一個買ってもいいし、材料を全部半分の量にして、一回作ってみてもいいかもね。」
「そっか、そうする!」
今日の給食は何を食べたとか、最近は部活で何の曲をやっているのかとか。そんなことを話している間も、こどもの頭の中はティラミスでいっぱい。
学校、部活、習い事のあとの夕食は7時45分から調理開始。だいぶ時間が遅いけど、お腹すいてない?大丈夫?
挑戦してみたかったスイーツに挑む男子。空腹より創作意欲が優っているようです。
「こっちで炸醤麺の用意をしてるからさ、まずはコメント欄に載ってるレシピの1/2の分量を書き出してみて。それから材料を全部そのグラム数で測って準備しよう」
玉ねぎを刻んだり、ネギを炒めたりしている後ろでグラニュー糖のさーっという流れる音がしてきます。「ママ、スプーン頂戴。」渡しついでにどんな様子かチラ見。はかりの上に小さなボールを置いてマスカルポーネの分量を測ろうとしている模様。
「はかりにボールを載せてここのボタンを押すとグラムの表示が0になるから、そのあとに材料を入れると楽に測れるよ」
思えば一緒にお菓子を作ったことは何度かありましたが、ほぼ手をかさずに自分でやってみるのは今回が初めての体験でした。
テーブルの上にはグラニュー糖が散乱しているのも見受けられますが、何も言わずにそのままそのまま。
「卵の白身を混ぜるボウルと生クリームを混ぜるボウルが別々にいるみたい。2個頂戴」
「はいはい。白身はきっとメレンゲにするんだと思うんだけどさ、泡立て器は別のものを使うほうがいいかも。メレンゲ作る時ね、泡立て器に水分とかクリームがついてると上手に泡立たないから」
あれはこうがいいよ、これはこうがいいよ。あんまり言いすぎないように。失敗してみるのも悪くないけれど、初めて全部自分でやってみるお菓子作り。うまくいくようにほどよくアシスト。
カシャカシャカシャカシャ。生クリームを泡だてている音が聞こえてきます。
母が作る炸醤麺はもうすぐ完成。あとは麺を茹でるだけ。
「ここから生クリームはママが担当するから、コーヒー準備よろしく。」
電動ミキサーではないのによくここまで泡だてたなぁ。きっと腕が痛くなってきていただろうに。バトンタッチした生クリームの粘度でがんばりがわかる。
「コーヒーを塗るハケってある?」
カットしたカステラに控えめにコーヒーをぬる息子。2枚目までは何も言わず。3枚目でちょっと手を貸す。
「コーヒーこのくらいいっちゃってもいいかも。カステラの黄色が見えなくなるくらい塗ってもおいしいと思うよ。材料そろってきたけど、どのケースに入れて冷やす?」
タッパー、パンケーキの型、パンの型をテーブルに並べて、母は麺を茹でる。
「こっちの小さい型にしようかな」
チョイスされたのはミニパウンドケーキ型。見た目にはちょうどおさまりの良さそうなサイズ。
「カステラを底に敷いて、その上にクリーム。」
「クリームのせる時、ゴムベラで表面をならすときれいに仕上がるよ。」
コーヒーの染み込んだカステラを、そおっとふたつ型に入れた後、クリームを注ぐ。ちょっと手伝いたくなる場面。ぐっと我慢。
「じゃ、二段目」
クリームの上にカステラを二切れ。慎重にカステラを置いている様子に、こちらも息をのむ。ゆっくりクリームに沈むカステラの上に残ったクリームをのせ、ゴムベラで少しずつ平らに伸ばす。なかなか上手。
「冷やしてから食べられるのは3時間後らしいよ。」
あ、そうだね。今日の夕飯は炸醤麺にティラミスって組み合わせにはならないんだった。
翌日の朝食。ティラミス、しっかり冷えてるよ。ココアパウダーをかけて試食。
おおお!お世辞抜きにおいしそう。
大きめのスプーンでお皿にすくって食べてみて。
見た目もとってもおいしそう。13歳の初ティラミス。成功に近づいているんじゃないでしょうか。
ティラミスをスプーンですくう手元から目が離せません。
「どうどう?お味はどうだった?」
口に加えたスプーンの間からふふふふと笑みをこぼしながら「おいひい。」
「ひとくち頂戴!」
すでにティースプーンを持ってスタンバイしていた私。ティラミスの左はじを失礼します。
「!!!!!えー!めっちゃおいしいじゃん!!!!!」
いやはや、びっくり。想像を遥かにこえるおいしさ。恐れ入りました。
ふふふと笑う「おいひい」の一言に、いろんな嬉しさが入っていたことが味見をしてみてわかる。
もうすぐホワイトデー。去年のお返しはマドレーヌ 。今年は母手伝いの分量を9割減らしてもおいしいのできるんじゃないでしょうか。
作るものは焼き菓子になるのだろうけれど、このティラミスはホワイトデーの肩慣らしだったのか、はたまた食べたいだけだったのか。
数日後。こどもが何をつくるのかを楽しみに。おいしいティラミスをもう一口。1/2の分量を書き出したメモは、母のレシピ帳に貼りました。
3月12日。今年もお邪魔している気仙沼、日中はとてもあたたかいです。今週も1週間おつかれさまでした。
みなさま、よい週末をお過ごしくださいませ。