この3分の幸せは、自分のために自分で試さないと味わえない。
何事も初めてってそんなにうまくいかない。材料の切り方、火加減、調味料を入れるタイミング、煮込みの時間など。身体に染み込んで、レシピを見ないで作れるようになったメニューは、全ての工程において、おいしいタイミングを逃さない。だからできあがる料理も納得のいくおいしいになる。
市場の屋台で黙々とカルグクスを切るお母さん。絶妙の焦げ目がついたタイミングでピンデトクッをひっくり返すお母さん。台湾で行列のできている葱餅のお店でも、身体に染み込んだ所作の積み重ねは美しく、並んでいる間もその手捌きを見られるのは一つのエンターテイメントだった。
唐揚げをぱりっとあげるには160度の油で3分、一度バットにあげて肉の中に火を通してから180度の油で1分半。基本はあっても、肉のあがっていく音を聴きながら、衣の色づき具合を見ながら。レシピの通りに作る、その次にある手と目と耳と鼻の感覚。
そういう身体の感覚が、ほぼない領域がわたしにとってパンでした。
何を食べても幸せになるカタネベーカリーにバケットは必ずここ、マンマーノ。アンパンと食パンがおいしい365日、手土産にもよくするデニッシュがおいしいイェンセンが家と事務所の近所にあって、その時食べたいパンは必ずどこかにある。東北に仕事行けばCAMOCYの中にMAaLoがあって、店長塚原涼子さんの手から繰り出されるパンが朝の時間を幸せにしてくれる。どこにいっても、その地域でここはおいしいというパン屋さんがあるから、新しいお店に出会うのも楽しみのひとつ。
だったのです、今までは。おいしいパン=購入する。だったんですが。
何気なしに見ていたYouTube。おすすめで流れてきた、石垣島に住むMochaさんというご夫婦のパン作りの動画。何層にも重なる青のグラデーションが美しい海の映像を、時折挟みながら。自ら焙煎されたコーヒーを入れながら。旦那様の手からおいしそうなパンが次々と生まれていく。材料を計量する。ボウルに粉を合わせて、真ん中にあけた溝に水を注いでドライイーストを入れる。粉の上に塩をふりかける。ドライイーストをカードで水に溶かしたあと、粉と合わせていく。生地を20分休ませて、カードで生地を底から返すを数回。また20分休ませる。3回繰り返したら、生地を丸め直して一次発酵。生地が二倍に膨らんだら、生地を切りわけて成形。布どりして発酵30分。クープ と呼ばれる切れ目を入れて、温めておいたオーブン250度で焼く。スチーム機能のあるオーブンならスチームで8分、オーブンに切り替えて8〜10分。バケットを焼く工程の全てがおいしそう。そして、粉、発酵する前の生地、一次発酵してぷるぷるに膨らんだ生地、成形された棒状の生地、火が入ってクープがぱりっと開いていくもうすぐパンの状態も。全ての工程の素材が愛おしく見えてくる。屋台のお母さんたちの所作のように、全ての工程が美しい。
これからもおいしいパンを買い続けるだろうし、あたらしいパンとの出会いも楽しみだけれど、Mochaさんの動画を見ていたら、パンを作ることに挑戦してみたくなりました。思い立ったのが45歳最後の日。初めてバケットを焼く。
おいしかったけれど、全ての工程においての不安が、全ての工程においての素材に現れている。かっこ悪いのも、記録しておくって大事。リベンジへの闘志が沸く。
旧正月を過ぎて。46歳になってしまった私、2度目のバケットチャレンジ。みなさま、長々とお付き合いいただいてすみません。
バケット1本ぺろりと平らげるなんて、どうかしてる。そう思いつつも、止まらない手と口の動き。今日の部屋の温度。今日の湿度。生地の状態を見ながらパンチ(ガス抜き)を入れて、生地を休ませる。大事に生地と触れ合いながら、形を作ってパンを焼く。頭でじっくり考える前に手と目と耳と鼻が反応して、瞬時に判断ができるようになるまでにはまだまだ修行が足りないけれど。良い状態ってどんなもの?おいしいタイミングはどこ?なのか。バケットを2回作ってみて、身体の感覚が少し自分の中に染み込みました。
おいしいパンを焼いてくださる職人さんへの尊敬はマックス。いつもいつもありがとうございます。また変わらず買いに行きます。
じゃあ、なんで自分でパンを焼くのか。おいしいパンは買ってきても食べられるのに。ごはんやケーキは喜んでくれる誰かのために作りたい。そして、誰かと一緒に食べる方がおいしいのだけれど。自分で作るパンは、ごはんのそれとはちょっと違うのかもしれません。
時間をかけて対話した生地を焼き上げたパン。自分で作った焼き立てあつあつのバケットを、手でちぎってかじる幸せは、作った人にしか味わえないものでした。そしてその命は短い。焼き立てのパンが冷め始めるまでの3分ほど。これが最高においしい時間。まだ食べたことのないものが世界中にたくさんあるけれど。こんな身近に、他にはないおいしいがあったとは。
それを知れたのも、作る工程のひとつひとつと、パンができあがるまでの全て時間がおいしそうなMochaさんのYoutubeのおかげ。いつも良い動画をありがとうございます。
誰かのためにつくるご飯もいいけれど、自分のためにおいしいコーヒーをいれたり、ちゃんと浸水させてお米を炊いて好みの塩加減のおにぎりをにぎったり。自分をいたわる時間がちょっとでもあるような、よい休日でありますように。
今日も読んでくださってありがとうございました。みなさま、どうぞ素敵な週末をお過ごしくださいませ。
なんて優雅にしめようと思ったら。2回目のバケット!またしても霧吹きを忘れてる…。我がパン修行。これからもまだまだ、続きます。