プリン・ア・ラ・モードというデザート。

新大久保で打ち合わせの帰り道。いつもなら無意識に山手線の改札をくぐってしまいそうなところ。夏目漱石がいたら「月がきれいですね」と言ったかもしれない三日月と星がひとつ空に並んでいて、駅の手前の道を左に曲がりました。夕飯時でごった返す大久保通りとは打って変わって、人通りの少ない線路に並行して新宿に続く道。時折つんと冷たい風が吹いて、鞄が肩にかかっていないほうの右手でマフラーを強く握る瞬間に、年末を感じるようになった。

足早に自宅に向かう人とこれから街に繰り出そうとする人の流れが、かたまりで交差する時間。人の間をすり抜けるように右へ左へと歩いていたら、JR新宿駅に向かう人の流れとあきらかに逆行している。こちらにどんどんむかって来る人たちに心の中で小さく謝りながら進む。信号までたどり着いて、やっと正規の流れに合流。赤信号の間に心を整える。

朝早い時間から撮影だったこともあって、足が棒のよう。ちょっと休憩してから家に帰ろう。人の流れに乗って歩いているうちに、武蔵野館の近くまで来てしまった。

この辺で一休みするなら、オオバコの純喫茶。少し歩くと西武がある。甘いものでも食べて帰ろう。

パフェはこないだ食べたばかりなので、何がいいかなとショーケースを眺める。オムライスにも心ひかれつつ。デミハンバーグとナポリタンのコンボ、生姜焼き定食。喫茶店の軽食メニューって、軽食の域を超えてるよなぁと思いながら、左端のプリンから目が離せなくなる。

今週も1週間バタバタとがんばったし。いってしまうか、プリン・ア・ラ・モード。

3階は喫煙席と個室、2階は禁煙席。私の前に一人待っている女性のお客さん。小走りにかけてくる店員さん。

「喫煙席でお願いしたいのですが。」

「今喫煙席が満席で、禁煙席ならすぐご案内できますが、お待ちいただき…」

「待ちます」

「ますよね。すみません。こちらで少しお待ちくださいませ。お客様は」

「禁煙席でお願いします。」

「では、こちらにどうぞ。充電ができる席がよろしいですか?」

「なくても大丈夫です。」

「ではこちらへどうぞ。」

充電できる席ってわざわざ聞いてくれるんだ。西武に来るのは久しぶり。店員さんも若い女性が増えていて、お店全体が明るい印象になっている。

プリン・ア・ラ・モードとうっすら心は決まっているものの。やっぱりメニューは開いてしまう。昆布茶やあんみつなど和のメニューもあり。チョコ・バナナ・メロン・ヨーグルト・抹茶・フルーツとずらりと並ぶパフェのメニューもあり。でも、今日はやっぱりプリン。ア・ラ・モードに疲れを吹き飛ばしてもらおう。

西武のプリン・ア・ラ・モード。気になってはいたけれど、挑戦するのは今回がはじめて。デザートに挑戦するという動詞を使うのは少しおかしいかもしれないけれど、挑む気持ちで注文をすませる。

「以上でよろしいですか?」

「あ、コーヒーもお願いします。」

ちょっと心が揺れてしまった。コーヒーはきっといらなかった。

パソコンを開いて仕事をしているスーツ姿の男性。パフェを頼んで写真を撮り合っているいる女の子たち。少しだけ聞こえてくる人の話し声もビロードのソファーの弾力も。ここは居心地がいい。

「コーヒーお待たせしました。」

濃い目のコーヒーで一息つく。時間を空けずにプリン・ア・ラ・モードがやってきた。やってきた、と言いたくなるサイズ。これはでかい。

そびえ立つアイスクリームのコーンがふたつ。チョコのポッキーが2本にいちごのつぶつぶポッキーが1本。真ん中にはクリスマスツリーをかたどったチョコレート。プリン・ア・ラ・モードに必須の生クリームの上にはラズベリーソースがかかっている。キウィ、リンゴ、青リンゴ、缶詰のみかん、もも、パイナップル。バナナにオレンジ、そしてメロン。主役のはずのプリンは、ラスボスというより脇役たちに押されて真ん中に埋もれている。

何から食べるか悩みに悩んでまずはリンゴから。アローカットと呼ばれる矢羽根を模した切り方。一番上の羽根からひとつずつ。生クリームをすくって、リンゴをかじる。リンゴのおいしさにちょっとびっくりする。付け合わせのようにそえられているフルーツがおいしいと、一気に気分があがる。続いて青リンゴ。これもちょっと手が止まるくらいおいしい。酸味がいい。口にするのは久しぶり。おいしいです、青リンゴさん。ポッキーを間にはさんで、子供を産んでから、なぜかアレルギーになってしまったキウィをそっと取り皿に置く。(あんなに好きだったのに、食べられなくなってしまった君。申し訳ない。)キウィの台座になっていたパイナップルをいただく。缶詰のフルーツを食べると、熱を出した時の子供時代にワープする。シロップごと凍らせて、シャーベットのようにして食べよう!大発明だと思ったら、容器がべたべた、冷凍庫がべたべたになって失敗。でもキンキンに冷えた甘い缶詰フルーツはおいしかった。

そろそろアイスクリームに。コーンのアイスクリームに生クリーム。チョコレートのカラースプレーに赤いさくらんぼって満点じゃないですか。

アイスはシャクシャクした舌触りのアイスクリンに近いもの。嫌いじゃないです。この味。

大物メロンをかじって、主役のプリンへ。さっき食べたカラメルソースのついたバナナもおいしかった。プリンは硬め。なめらかプリンが登場した時には大発明だと差し入れでもだいぶお世話になったけれど、やっぱりプリンはしっかり硬めがおいしい。

横浜のホテルニューグランドのコーヒーハウス「ザ・カフェ」で生まれたプリン・ア・ラ・モード。アメリカ人将校の夫人たちが満足するように、プリンに何を足したら喜ばれるか。どのくらいの量なら満足してもらえるか。何に盛りつけたら美しく見えるか。「WAO!」と喜んでもらえる顔を想像して、営業の終わった夜中に何度試作が繰り返されたのだろう。果物の調達は大変な時期だったから、缶詰のフルーツが乗ったのかもしれない。手に入るリンゴの化粧をどうするか。きれいな羽根の形にカットする職人さん、どれだけ練習を積んだのだろう。赤いさくらんぼをクリームの上に乗せる仕上げの瞬間は、どのシェフの口元も少しゆるんでいたはず。丁寧に作られたデザートを食べながら、白いテーブルクロスの上ではどんな会話がなされていたのだろう。70数年後の未来では、また別の理由で互いの国を行き交うことが困難になっていることなど、もちろん想像もできなかっただろうけれど。

居心地のいい、懐かしいにおいのする喫茶店で食べる山盛りのデザート。これから70数年後の未来にも残っていてほしい味。果物とアイスとプリンにしっかりパワーをもらって、年末まで乗り切れそうです。

朝晩はぐっと寒くなってまいりました。この週末も、どうぞあたたかくおすごしください。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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