中華包丁から始まる短い旅。
韓国料理といえば、欠かせない食材がニンニク。韓国の市場で、よくみかけるニンニクの皮を剥く光景。ドラマでも登場する、大きなすり鉢でニンニクをつぶす光景。バラエティを見ている時、ある料理家の先生の華麗なニンニク捌きに目が止まりました。まな板の上で、ニンニクをカコンカコンとリズムよく潰す。普通の包丁だと1発でニンニクをつぶすのは難しい。その手元を見ると、使っているのは大きな中華包丁。
中華包丁の使い手は、ペク・ジョンウォン先生。料理が登場するバラエティを見ていると、もれなく登場する韓国で有名な料理家、そして実業家。最近NETFLIXで「ペク・ジョンウォンの呑んで、食べて、語って」という番組も配信になりました。
ドラマ「賢い医師生活」で心優しい小児科医。バンドではドラムを担当していたアン・ジョンウォン役の俳優ユ・ヨンソクが出演していたリアルバラエティ「コーヒーフレンズ」。賢い医師生活シーズン1終了後。ロスを解消するため、シーズン1と2の放送の合間にこの番組を見ていました。「応答せよ1994」で共演したユ・ヨンソクと親友ソン・ホジュンが、プライベートで行っている、寄付を目的としたコーヒー販売。その活動から着想を得た番組。チェジュ島のみかん農園の倉庫を改造し、チェ・ジウやヤン・セジョンなど錚々たる俳優たちが店員となり期間限定のカフェを営業。一般のお客さんを迎えて、俳優自ら料理やコーヒーを振る舞う。営業の利益は全額寄付をするというプログラム。ペク・ジョンウォン先生は、ユ・ヨンソクに料理指導をしていました。昼も夜も営業となった忙しい日。特別アルバイトとして、ペク・ジョンウォン先生が登場。夜の看板メニュー、カンバス。ニンニクたっぷりのオリーブオイルでエビやマッシュルームをぐつぐつ煮る。(映像を見ながら、韓国ではアヒージョのことをカンバスっていうんだな。そう思いながら、その時はきちんと調べなかったのですが。スペイン語で、エビの入ったアヒージョのことを「ガンバス アル アヒージョ」というそうで。韓国ではアヒージョのことを「감바스」カンバスと呼ぶようになった。外来語をそのまま韓国語にして、言葉を省略しているパターンでした。勉強は尽きない。)
ニンニク好きの韓国の人々。ニンニクたっぷりの「カンバス」を嫌いなわけがありません。夜の営業中、カンバスは飛ぶように売れていました。特別アルバイトのペク・ジョンウォン先生。作っても作っても足りなくなるカンバス用のニンニクを仕込む。その時に使っていたのが、中華包丁でした。
映像をお見せしたくらい、気持ちよくニンニクがペシャンペシャンを潰れていくんです。そのリズムの爽快なこと。包丁とまな板がカコンカコンと音を奏でる。番組を見ていて、なぜか一番虜になってしまったのが、ペク・ジョンウォン先生の使う中華包丁でした。
この番組を見た後、時折ぽわんと頭に浮かぶ中華包丁とまな板のカコンカコンという音。キッチンの掃除を盛大にやって、使わない調理器具やタッパーを大量に処分。スペースができると、急に中華包丁を手に入れたくなりました。たぶん、包丁の重量は重い。だいぶ、重い。普段使いで毎日使う包丁には、そぐわないかもしれない。でも、ペク・ジョンウォン先生は、野菜も肉も何もかも。どんな食材も、中華包丁で軽やかにカットしていた。何より、あのニンニクをペシャンと1発で潰すのをやってみたい。ここを逃したら、一生中華包丁を手にすることはないかもしれない。そんな勢いのまま、アマゾンのレビューをぽちぽちとチェックしながら、新しい道具を手に入れてしまいました。
600年の歴史を持つという大阪堺市の打刃物。堺孝行というブランドの中華包丁。アマゾンさん、注文から1日で中華包丁を届けてくれました。
中華包丁を検索していて、なかなか印象深かったことば。「骨も断ち切る中華包丁ですから、指を切らないように注意しましょう。」ぞわっ。韓国ノワール映画の1シーンが頭に浮かびます。ドスン。恐。ちょっとドキドキしながら、玉ねぎを切ってみるとサクサクとまぁ、よく切れる。持ち手より、刃の部分の体積が大きいからか、力の入れ加減が難しい。少し恐る恐る、いつもの包丁よりもゆっくり刃を入れる。
あっという間にみじん切りが終了して、フライパンに玉ねぎを移す。刃が広いから、1回でぜんぶのみじん切りが乗っかってしまう。これは便利。想像していたよりは、ずっしりというわけではなかったけれど、その重さが気になって測りを取り出す。
ちなみに、いつも使っている包丁を測ってみると156g。倍以上の重さがある。ペク・ジョンウォン先生のように軽やかにペシャンとニンニクを潰したり、サクサクと野菜をカットできるようになるまでには、少し訓練が必要なようです。(このあと、とんかつ用の少し厚めの肉に切れ目をいれるという作業をしましたが、力をいれず、絶妙な深さにすっと刃が入ることに感動しました。)
中華包丁を手に入れたら、自宅用に軽めの丸い中華用のまな板が欲しくなりました。台所のものを処分したばかりなのに、道具が増えていく。プラマイ0になる日は近い。事務所にある分厚い丸のまな板を買ったのは台湾。香港の市場でも、丸いまな板をたくさん見かけました。まな板購入を理由に旅に出られる日を夢に見つつ、またAmazonでものを探すのはちょっと寂しい。夕飯準備までの3時間で、行って帰ってが可能な身近な中国。中華街に行けば、まな板が買えるんじゃないか?とっても久しぶりに、東横線に乗りました。
代々木上原から片道50分弱の小さな旅。中華街に行くのは、3、4年ぶりくらいかな。
ガタゴトと電車に揺られている間に、外はどんどん暗くなっていきます。横浜駅でたくさんの人が降りて、がらんとした車内。元町中華街駅に到着すると、下車した人々はみんな一方向にむかって歩いてゆきます。
中国語を本格的に学び始めてから、初めて訪れる中華街。目に入る色。門の位置。中華街の文字を囲む龍。全てに意味がある。見たことのあったはずの景色が、新しく映ります。
1859年7月1日、日本が海外にむけて開港した日。ここ横浜から始まった歴史が大きく日本を変えました。横浜新田と呼ばれていたこの場所に、中国広東省や上海からたくさんの人々がやってきた。以前は気がつかなかったのですが、立ち並ぶお店を見ていると、「広東料理、上海料理」という文字が目につきます。そして香港の飲茶のお店も。
中華街のホームページを見て、そのわけを理解する。横浜に住む華僑の人々は広東省出身の人たちが多い、と書かれています。ニホンコン先生の授業で聞いた、「世界中にいる華僑の人たちは、広東省の出身者がほとんど。文化大革命後に南に移っていったガッツのある商売人たちが、上海や広東省で世界からやってくる人々を相手に商売をし、自分たちも世界に出て行った」という話。日本にやってきた人々も、広東省の人たちが多かった。中国語を勉強していなければ、中国のどこから来ている人たちなのか。こんなふうに興味を持つことはなかった。やっぱり言語を学ぶことは面白い。目線をあちこちに広げてくれる。
中華街の目抜き通りを歩いて4分ほど。本日のお目当て「照宝」さんがありました。中華包丁の次は、いつか自宅にも鉄の中華鍋。もちろんササラもセットで。
照宝さんオリジナルの様々なサイズの蒸籠。最近蒸し物をよくする我が家。18cmの蒸籠にぴったりの竹すだれ。白菜やキャベツを敷くかわりにこれがあると便利。購入決定。
「マッシュポテトを作る時、楽にジャガイモがつぶせます」という手書きポップの文字にひかれて、ちょっとスリムなサイズの泡立て器も購入。ヤンニョムを作る時にも良さそう。
購入を思いとどまったけれど、次回行ったら絶対買ってしまうであろう傾斜のついた餃子用のめん棒。我が家の傾斜のついていないめん棒との使い心地の違い。試してみたい。むむむむ。でも、今日はがまん。
丸いまな板にたどり着く前に、だいぶ寄り道を重ねております、小池です。
柄のついたレンゲもかわいい。でも、旅ができるようになったら中国や香港でアンティークを探すんだ。またしても、がまん。
照宝さんオリジナルの中華包丁。20g前後刻みで、細かく重さが分かれている。人それぞれに、最適がある包丁の重さ。625gの包丁は、私が購入した中華包丁の倍近い重さ。この包丁を操る料理人はどんな方なのだろう。そして、この包丁から、どんな料理ができあがるのだろう。
やっとお目当ての丸いまな板にたどり着きました。こちらも細かく大きさが分かれています。自宅のキッチンにあっても邪魔にならないサイズ。ひとつひとつ手にとって、台所を思い浮かべる。24cmの大きさなら、すっぽりおさまりそうだ。
「紙袋にいれておきますね。」
「ありがとうございます。」
「少し小さめなんですが、18cmの蒸籠には、こちらがいいと思います。もうひとつ上のサイズだと、はみ出てしまうので」蒸籠にきちんとおさまる竹スダレを、丁寧に説明してくださった店員さんが、会計をしてくれる。何の気なしのこういう会話、アジアを旅する時にもこういうひと時が嬉しかったことを思い出す。
「中華街に行くなら、萬来亭の製麺所で麺を買って帰るのがおすすめだよ」
中華街に向かう道中、メッセージをくれたカメラマンのキヨちゃんへのお土産。お揃いで泡立て器を買いました。
「焼き小籠包を食べようかと。」
キヨちゃんと同時に、仕事のメッセージをやりとりしていた川島小鳥さんに間違ってメッセージを送る。
「すみません…友達とやりとりをしていて、間違ってこちらに送ってしまいました…。」
優しい小鳥さんから、「この前行っておいしかった、巻揚げがおいしいお店です」とメッセージが届く。今日の小さな旅の最後に、教えていただいた「楽園」に足を運ぶ。
ここは、広東料理。お店に入ると中国語と日本語が交互に聞こえてくる。
「すみません、巻揚げがおいしいと伺ってきたのですが。」
「メニューにのっているのは量が多いから、少なめにしてお出ししましょうか。」
「いいんですか?ありがたいです。あと、オススメの麺があったら教えていただけませんか?」
「エビ雲呑の麺もおいしいし、チャーシューも自家製でおいしいですよ。」
「では、チャーシュー麺もお願いします。」
「酢」と書かれた陶器の後ろに、見た目にも明らかに「酢」の入った透明の容れ物。酢と酢。味違いのお酢?ふたつの酢を気にしながら、店内を見回す。
中国語で書かれたメニューに、もちろん拼音はついていない。たどたどしく読める文字だけを頭の中で「ジャー」「ズー」「ツァイ」と繰り返す。全然だめじゃん。あとで書き出して、発音を確認しよう。
「チャーシュー麺お待たせしました」
自家製のチャーシューは優しい味。麺は固茹でで、するすると口に入っていく。青菜を挟んで、シナチクを噛む。中盤でスープに少し酢を垂らしてみようと、「酢」の文字が書かれた白い陶器の器をラーメンのどんぶりに傾ける。
赤い油がファッファッとスープに散らばった。やっぱり。その正体はラー油でした。
一人で小さく肩を揺らして、「酢」と書かれていない透明の器を手にとり、どんぶりにそそぐ。ツンと鼻を刺す匂い。これが「酢」であることを、食べる前に示してくれます。
「はい、お待たせしました。巻揚げです。」
湯葉のような見た目のもので包まれた、揚げ春巻きのに近い食べ物が登場しました。口にいれると、まずサクサクほろりと湯葉のようなものが口の中でほどけます。そのあと、ぷりっとしたエビと椎茸の柔らかい食感。大量の筍のシャキシャキ感がやってきて、しばらく続く歯応え。咀嚼回数はもぐもぐと伸びていく。巻揚げ二つ目は、辛子と醤油をつけていただく。ぐびっと冷えたビールが飲みたくなる味。湯葉のようなものと具材の間に、ぷるぷるっとした膜のようなものが存在する。分解して食べてみても、この正体がわからない。なんだろうなぁと思いながら、シャキシャキカリカリとお皿の上の巻揚げを口に運びつづけ、全てを平らげてから携帯を手にとる。
「巻揚げとは、広東の伝統的な料理です。豚肉、タケノコ、シイタケ、エビなどの具材を網脂(牛・豚などの内臓のまわりについている網状の脂)で包みあげた料理。」(横浜中華街ホームページ参照)
湯葉と思っていたものは、肉の内臓のまわりについている脂身でした。揚げるとまわりはサクサクの食感になって、中に詰めた食材との間には、他でなかなか味わったことのないぷるぷるとした食感になる。この世の中には、まだまだ知らない、食べたことのないおいしいものが、たくさんある。横浜の片隅で、実感するひととき。
自宅の夕食用にもテイクアウトの巻揚げをお願いし、おいしそうだった小さいサイズの肉まんも購入して家路につきました。中華街滞在時間はほんの1時間ほど。
中華包丁が連れてきてくれた、中華街への小さな旅。本場に行きたい気持ちは、あいかわらずたっぷりとありますが。今度は上海料理を食べに、また中華街をぶらぶらしに来たいと思います。次回は萬来亭の製麺所が営業している時間に。
少し肌寒い土日になりそうですね。皆様、どうぞあたたかく楽しい週末をお過ごしくださいませ。