美味しいもの+美味しいもの。
今年は夏が短くて、すっかり秋になったと思っていたら。ここ数日は蒸し蒸しと、汗ばむ日が続いていますね。
神保町A2出口。長い階段をのぼって打ち合わせの場所に到着。席に着くと、どっと汗が流れてきました。点々と吹き出す汗を拭きながら、打ち合わせに集中。しなければ、ならないタイミングなのに。神保町での打ち合わせとなると、その後の寄り道のことを考えて、いつもソワソワしてしまうのです。
お茶の時間ならば、この後どこで甘いものを食べるか。どこでコーヒーを飲むか。岩波ブックセンターのカフェで、本を読みながらプリンアラモードという手もある。少し足を伸ばして近江屋洋菓子店でケーキとドリンクバー。竹村で黒あんしるこ?
ランチの時間はもっと迷う。新世界菜館で蒸し鶏とネギのそばもいいし、揚子江菜館で坦々冷麺もいいな。カレーならボンディ、エチオピア。カメラマンの池ちゃんこと池田昌紀さんが、Facebookにかなりの頻度で写真をアップしていたボルツのシーフードカレー。ずっと気になったまま、まだ未体験。カーマでサラっとインドカレーを食べるのもこんな暑い日にはぴったり。
本日の打ち合わせは午前中からスタートして、終わるのはちょうどお昼時。さて何を食べようか。
九段下寄りの珈琲館で打ち合わせが終わって、神保町にむかってテクテク歩く。すずらん通りに入るとすぐ揚子江菜館が見える。さっと麺を食べるのもありだなぁ。朝食を飲み物だけにしてしまったから、だいぶお腹は減っている。外に置かれたメニューを見ていると、さらにお腹が空っぽになっていく。麺でさらりとお昼を済ませるのは惜しい気がして、もう少しブラブラ歩いてみる。
麺でさらりと済ませるのは惜しいと思ったばかりなのに、そば屋さんという選択肢もあるな。優柔を不断せずに、あちこち覗いていたら、小川町まで来てしまいました。ファミリーマートの先に、一人、二人、三人と並んでいるお店が見えます。順番がなかなか回ってこない、というほどでもなさそうだと、メニューをのぞいてみる。「上ロース豚かつ定食」「上ヒレ豚かつ定食」「ビーフカツ定食(わさび醤油)」。空っぽになったお腹が悲鳴をあげそうなメニューが並んでいます。神保町に来ると、どうしても頭にカレーが浮かんでしまう習性もあり。「カツと特製カレー」という文字に、しばし目線が停止。今日のお昼は、これだ。おいしそうなとんかつ屋さんのカツカレー。最高じゃないか。
どんなカツカレーが食べられるのか。このあと食すメニューが決まると、待つ時間も楽しい妄想であっという間に過ぎていく。
「何名様ですか?」「1名です。」「2名です。」「1名です。」「もう少しお待ちください」待っている間、店員さんが丁寧に声をかけている。
人数を確認する時に開いた扉の中から、ふわりと漂ってくる油の香り。すきっ腹に、これまたぎゅーっときます。
「お待たせしました。こちらの二人席にどうぞ」
「すみません、カツと特製カレーまだありますか?」
「はい。まだございますよ。」
「じゃ、カツカレーをお願いします。」
座ってから注文すればいいものを。着席する前に聞いてしまって申し訳ない。数量限定って書いてあったから。すきっ腹のこいけAとBがやりとりしています。一旦落ち着いて。テーブルに置かれたメニューを見る。
単品メニューに並ぶ「特製カレーソース」の文字。こ、これは!まずロースの豚かつを頼んで、カレーソースをトッピングという選択もあったのでは!忙しそうな店内。今から注文を変えるのは申し訳ない。心は決まっていたじゃないか。今日はカツカレーを楽しむべし。また次回、豚かつとカレーソースの組み合わせを。必ずや。
「お待たせしました。」
オーバルのお皿に盛られた「カツと特製カレー」が目の前にやってきました。なんと、半熟玉子の美しいこと。大きめの柴漬けがたっぷり。カツだけをサクサクで楽しむこともできるよう、そしてカレーが混ざらぬように。カツはごはんの土手と千切りキャベツのベッドに守られている。
「ソースは、甘めのソースとウスターソース。柚子胡椒もございます。こちらはキャベツのドレッシングになります。お好みでお使いください。」
数分前に「カレーソース」トッピングをチョイスしなかったことを後悔した自分をすっかり忘れて、甘めのソースを手にとる。一番奥の一切れにちょうどいい分量がかかるように。重たいソースの瓶は、かたむけすぎると、どばっといってしまうからね。、慎重に慎重に。とろりと粘り気の強いソースが、カツの上にのっかりました。カレーにも心ひかれながら、まずはカツの味を堪能する。サクッ。うまい。脂身の甘さがじわっと口の中に広がります。
「太陽ソース」と書かれたウスターソースも、とても気になります。愛知県清須市でつくられているソース。あとで調べてみると1928年から続く老舗、ソースとケチャップを製造する「太陽食品工業株式会社」という会社で作られているソースでした。2番目のカツの真ん中に、さらりと太陽ソースを垂らすとスパイスの香りが瞬時にしてきます。甘みの強いとろっとしたソースとはまた違い、ウスターソースをかけると豚肉の甘味より肉の香りが先にくる。これまた、口の中がたのしい。
カレーにいくのかい、いかないのかい?
ちょっといったんクールダウン。ここ、ポンチ軒さんにはキムチの壺が置かれているのです。小皿にとったキムチで箸休め。優しい味。口の中がすっきりします。
お味噌汁もひとくちすする。最初にくるのは、ごま油の香り。小さな豚さんと刻みネギでまた口福に。
そしていよいよ、カレーをいただきます。黒いカレーの中に、豚のひき肉がしっかり存在しています。
ご飯と一緒にカレーを噛む。豚肉の旨味。もう一口。あと、もうひとスプーン。カレーに集中していたら、カレーとご飯だけで、最後の一口まで進んでしまうところだった。あぶないあぶない。心を整え直して、いよいよ、カツとカレーを合体させる。ごはんと一緒に、いただきます。衣のさくっとしたところと、豚肉と脂身の甘味。そこに豚ひき肉の旨味とカレーのスパイスまで加わって。かために炊かれたご飯は、口の中でほろほろ崩れます。
これは、旨いなぁ。
一切れ、二切れとなくなっていくカツの下から出てきた千切りのキャベツ。真っ白なフレンチドレッシングも気になっていました。
ドレッシングの容器のお腹をチュチュッと二回押して、豚カツの衣がクルトンのようになったキャベツの上にドレッシングをかける。お箸でガサっとすくって口に頬張ると、揚げたての豚かつであたたまった部分はやわらかく、かつに触れていない部分はシャキシャキと。ドレッシングの酸味で、また口内が変化した。
大きめに切られた柴漬けもひとつ。また口の中が、味変。スプーンで半熟の卵を半分に切り、カレーとごはんを一緒にのせてパクリ。これもおいしい。ここで、もう一度味噌汁に戻る。お箸を手に持って、お椀の中の具をすくうと半月切りの大根と人参が登場しました。肉の旨味がしみて、野菜がおいしい。豚かつ屋さんの豚汁は、どうしてこうも最高なのか。
めくるめく味変を繰り返しながら、「カツと特製カレー」の一皿がお腹の中にすっぽりおさまりました。
そういえばカツカレーって、いつごろ日本に登場したものなのだろう。
岡田哲さん著:ちくま学芸文庫『たべもの起源辞典』の139ページにありました。ありました。カツカレーの起源とは。
「カレーライスにカツをそえたもの。1918年(大正7年)に東京浅草で、屋台洋食を始めた河野金太郎は、カツカレーを創作する。この頃に三大洋食として、庶民に人気の高いカレーライスとカツレツを一緒に盛り合わせたら、一食で2倍楽しめるとの発想による[河金丼]と命名して、カツカレーを売り出したところ、たちまち評判となる。」
チキンライスとオムレツを足したらおいしさ2倍のオムライス。カレーにベシャメルソースとチーズをのっけて焼いたら、おいしさ2倍のカレードリア。コッペパンに焼きそばをはさんでしまえ!で、おいしいさ2倍の焼きそばパン。明治から昭和の時代にかけて。人々の創意工夫で生まれた、2倍美味しいもの。その創意工夫が定番になって、わたしたちのお腹を満たしてくれている。神保町や神田を歩くと、そんな2倍美味しいものにたくさん出合います。
お腹をさすりながら、書泉グランデの看板前の横断歩道を渡っていると、向こうから見慣れた顔がこちらに向かってくる。イヤホンをして歩いているその人は、こちらには全く気づかない様子。手をブンブン横にふるとやっと顔をあげてくれた、ほぼ日の奥野くん。ちょうど今、ほぼ日で連載をしている奥野くん担当の『編集とはなにか。』福音館書店の石田さんの回を読んでいて、手帳にメモしながら読んでいたところだった私。すごくすごく面白いと興奮して話をしていると、背中をトントンと叩かれる。振り返ると、ほぼ日曜日館長の山下さんとデザイナーのほっしーが、二人でニコニコ立っていました。
一頻り交差点でおしゃべりをして、みんなの背中を見送る。
あ、写真撮るの忘れてた。「おっくん、山下さん、ほっしー!」
美味しいものを食べ、ふいに出会うと、より嬉しい元同僚のみんなに会って。おいしさ2倍の一日になりました。
今日はお子さんの運動会、というご家庭もたくさんでしょうか。みなさま、2倍素敵な週末をお過ごしいただけますように。