読み聞かせは海の調べ
「雨音はショパンの調べ」「読み聞かせは海の調べ」
何いってんだか分かりませんが、ニホンコンです。
さて、前回受験生の母とか言ってましたが、下に小学生の
2号3号がいるので、まだまだ9時台に布団に引きずり込まれる日々。
もはや何年?14年くらい続けている読み聞かせが、今だ継続中で
あること自体、果てしない物語なのですが、そろそろ終わりが
見えてきたので、ラストモーメントまで楽しもうと。
今日はそんな我が家の読み聞かせバナシでも。
いつから始まったか
この習慣は、1号の時から始まりました。
始まりは授乳直後だったのをよく覚えています。
寝る前の授乳タイムが終了した途端、「就寝前の儀式」がなくなった
ような気がして、母も子も手持ち無沙汰な感じがしたのがはじまり。
それからは、自分が読んでいた本や、新たにやってきた本など、
決して数は多くはないものの、同じものを何度も何度も読んでいました。
だいだいこの3冊、ないしはこの作家さんのどれか、というかなり限られた範囲。
ひとまねこざるが出てくると「うわー、長い!今日は無理だ」と断ったこともしばし。
でも、どんなにはしゃいでも、泣いても騒いでも、「絵本を読む」ということが、
日常と睡眠のちょうど節目になっていて。一旦気持ちを落ち着けてから眠る毎日を
送っていました。
最近はもっぱらこの一択
去年くらいに自身のFacebookで紹介したのですが、ここ1年はもっぱらこればかり
読んでいます。
「ともだちは海のにおい」
中学生の教科書にも載っている「のはらうた」の作者、工藤直子さん作、
絵は長新太さんのゆるーい感じがこれまたぴったり。
内容は、短いお話で紡がれている、くじらといるかの友情物語。
もう、よすぎてよすぎて、こればかり読んでいる我が家から、勝手に
すばらしさを伝えさせてください。
①詞のすばらしさ
何がいいかって、もう言葉そのものが優しくて素晴らしい。
なんでこんな優しい言葉が書けるんだろう、とかなんでこんな海のバイブレーションで
物語が繰り広げられるんだろう。
よもや、この作者、海の底から書いてんじゃなかろうか?と思うくらい、
海の生き物の気持ちに寄り添った表現の数々。
物語と物語に挟まれているポエムも素敵で、いつしか布団が海になり、シーツが海の底となり、
ゆらゆら浮かんでいる気分になるのです。
②くじらといるかの気持ちの交換
くじらといるか、お互いの価値観は違えど、相手を認め、尊重し合い、そして
受け入れている姿が素敵です。
これは子どもたちが育んでいる、そしてこれからも育むであろう友情にも大事なことだし、
好きな人ができたとき、同じようにこういう感情が持てたら、とても良い関係でいることが
できるんだろうなと思います。
大人とて同じ。パートナーしかり、周囲のお友達にも、こんな丁寧に、慈しみ深く
接することは、理想オブ理想。
もう、くじらといるかに会いたくて読んでるといっても過言ではないかも
③読んでる途中で、子どもたちが寝ちゃう魔法
これは衝撃。読み着かせと言いながら、眠りの呪文かけてんじゃないかと思うくらい。
とにかく、ゆっくり、ゆっくり、波のリズムで読んでいくと、あら不思議、
子どもたちが読み終わる頃にはスース―言ってるんです。
モチロン、読んでるこちらもトロトロになってくる。なぜ?シラフなのに!
本読んでるだけなのに!
子どもたちも大好きで私も私も!と読んでくれる日もあります。が、ちいこいのが
カワイイ声で読んでくれているというのに、母さん既に海の底、いや夢の底に
沈んでおります。ブクブクブク・・
子どもの読み聞かせで熟睡する親。いったいぜんたい、
誰の、誰による、何のための読み聞かせなんだかわからない。
それでも
誰一人として飽きることなく、「くじらさん読むよー!」といっては寝室に
向かい、今日どこ読む?と相談したり、時には開いたページがご縁とばかりに
運まかせに読むこともあったり。
それは、何のけがれも嫌味も邪気もなく、ただただ、純粋に相手のことが大好きな
くじらといるかの言葉に触れたいがために、我が家は皆でぺージをめくるのです。
今のわたしは、1人でも多くの人に読んでもらいたく、中古で見つけた安いやつを
買い占めては友人に送りつけるなど、「勝手に普及大使」を名乗らんばかりの勢い。
でも、これを読んであげたら、子どもはぐっすり寝るわ、人がだれかを信じて、
側にいるすばらしさも知れるわ、とにかく優しい気持ちになれること間違いなくて。
世界中みんなこれを読んだら、争いなんて一瞬で消えると信じてます。
今晩はどのお話を読もうかな、二人が人魚に会いに行くおはなしも読みたいし、
くじらがパリに行くお話も捨てがたい。子どもたちと相談しよ。
9月14日 ニホンコン