雪花冰・빙수・かき氷
ここ数日、とても暑くて。夏が暑さを振り絞っているかのような日差しが続いている。結ぶのにちょっと足りない長さに髪を切ったのだけれど、ボブの合間から流れ出る汗に耐えかねる。束ねられるだけの髪の毛を黒いゴムでギュッと結ぶ。それでも、まだ首元の暑さはひかない。
そういえば今年に入ってから、まだかき氷を食べていなかった。7月、8月。日本の暑さがピークの頃は、旅に出たくなる季節でもあって。いつもどこかの国で、その時に気になる冷たいものを食べていたから、日本にいてかき氷を食べるという行為にあまり意識がいっていなかったのかもしれない。いやいや、それは都合の良い妄想だ。去年、SAKRA.JPで荻窪のラーメン屋さんに行って、青りんごミルクソースのかき氷をしっかり食べてたじゃないか、こいけよ。
韓国語の勉強を始めたばかりの頃。「パッピンス」という単語が「かき氷」を意味すると思っていたのですが。「팥=パッ」は小豆で「빙수=ピンス」がかき氷だということ。勉強を始めて、少し経ってから知りました。2014年、ソウル女子4人旅。暑さに耐えかねて飛び込んだ、韓屋が立ち並ぶ三清洞のカフェで、迷わずピンスを注文しました。フルーツのピンスを注文したはずが。ドーンと角切りのトマトが鎮座している。なかなかの衝撃。数年後テレビの中でも、デザートとしてのトマトを発見。人気の俳優たちが、漁村や農村で自給自足生活をする韓国のケーブルテレビ局tvNのバラエティ「三食ごはん」。料理上手な俳優チャ・スンウォンが、畑から収穫したミニトマトに砂糖をまぶして冷蔵庫で冷やし、おやつとしてユ・ヘジン、ソン・ホジュン、ナム・ジュヒョクに振る舞っていた。韓国では、料理にも使うけれど、果物という位置付けでもあるトマト。氷の上にのった、コンデンスミルクのかかった角切りのトマト。味の組み合わせとして、悪くはなかった舌の記憶。
2015年5月15日の台北。雙連駅から徒歩3分。マンゴーの季節にしか営業しないかき氷店「冰讃」にて。ピンサン、ピンサン、と親しみを込めて呼んでいたお店の名前は、正確にはビンザン(Bīng zàn)でした。あの頃は中国語がわからなかったから、気に留めていなかったのだけれど、冰=氷、讃=褒め称えるという意味の名前だったんですね。ちなみに、簡体字のかき氷の表記は「刨冰(bàobīng)」。刨は、カンナで薄く削ること。刨冰は、氷の塊をカンナで薄く削るようなイメージからできた言葉。そして、台湾繁体字の表記は、「雪花冰(xuěhuābīng)」。きめ細かく、フワフワに削られたかき氷。文字からも、柔らかく削られた氷の食感がそのまま伝わってくる。
ここにきて、また韓国語の「빙수=ピンス」の意味が戻ってきました。そうか、「빙」は氷を意味する「冰」からきていて「수」は水だったのか。学ぶことは、いつ何時やってくるかわからない。
8月も終盤になって、2021年最初のかき氷。以前から気になっていた、anamo cafeに行ってみることにしました。小田急線経堂の駅を出て、徒歩4分ほど。店舗の前にある太い幹の木が印象的な、角っこにあります。
平日の夕方17時。私の前には4人お客さんがいて、カップルとご夫婦が勉強机のようにそれぞれ席を並べて座っていました。ご夫婦の方は、食べ終わってそろそろ会計のタイミング。カップルは、彼の方に抹茶ミルクのかき氷が到着していて、彼女は別のかき氷を待っている模様。
「どうぞ、奥の角の席にお座りください」店主の女性が一人で切り盛りをしているお店。次のかき氷を作っているところ。きっと忙しいタイミングだったのに、優しく声をかけてくれる。
抹茶ミルクもおいしそうだと思いながら、黒板に書かれたかき氷メニューをじっくり見る。さつまいも自家製カラメル、かぼちゃメープル!芋栗が大好物なこいけとしては、見逃せないメニュー。でも今年初のかき氷は、やっぱりイチゴかな〜。割と悩む時間少なく、苺ミルクのかき氷を注文することにしました。到着を静かに待つ。
「お待たせしました。」
窓に向かって並んで座っているカップルの、彼女のかき氷が到着。黄緑色がきれいなキウィが、氷の表面にめいいっぱい散りばめられ、その上にヨーグルトソースのかかったかき氷。「うんまそ!半分頂戴!」抹茶ミルクを2/3ほど平らげていた彼が、思わず彼女に告げている。確かにおいしそう。半分頂戴と言ってしまうその気持ちは、わからんでもない。
「う〜ん。ヨーグルトもおいしい」
声が上がる度、気になって、見ないように見てしまう。
もう一度黒板のメニューに目をやりながら、次にここに来たら何を食べようかと考えていたら、程なくして苺ミルクのかき氷がやってきた。
「お待たせしました。」
ゆっくり、氷を落とさないように。すーっとお盆を滑らせるようにして、苺ミルクのかき氷がテーブルに置かれた。
耐えきれずにお盆に落ちた氷と苺ミルクのソース。マーブルの水玉になって、丸く並んでいる。
これでもか、とたっぷりかかった苺のシロップ。その上にミルクが混ざって、トロッと下に落ちていく。
かき氷を食べる時のひとくちめ。大体の味の想像がついているはずの苺とミルクの組み合わせ。なのに、なぜこんなにもワクワクするのでしょうか。氷の上の真っ赤な苺ソースはつやつやで、その見た目からも丁寧に作られたことがわかる。なんて、あんまり観察してないで早く口の中に!あぁ、甘酸っぱい!後からミルクの優しい甘さがくる。
お祭りで食べるガリガリ氷のかき氷。シロップがかかっているところがちょっぴり少なくて。カップに入るサイズまで食べ進めたところで、柄の長いスプーンをがしがし氷に刺して、残りのシロップと混ぜる。anamo cafeのかき氷は、そんな食べ方の工夫が一切必要ない、大奮発の量のシロップがかかっている。
氷がお盆に落ちないようにどう崩すか。慎重に。おいしくてどんどん口に運んでしまうから、次にスプーンをいれる位置は瞬時の判断。さくっ、パクッ。さくっ、パクッ。食べ進めていくと、氷の中心にも、たっぷりの苺シロップ!
シロップをまずガラスの器に入れて。器を回しながら氷を入れて。またシロップをかけて、氷を削って。食べている間中、シロップがいいバランスで口の中を満たしてくれるように。何度も何度も試して、この割合が出来上がったのだろうなぁ。
半分くらいのかき氷を食べ終えたところで、お盆を90度回す。氷の山の傾斜がきれいに見えて、また山の中心部のシロップのたっぷり度に感嘆をする。シャッ、シャッとスプーンを入れて口に運ぶ。真ん中のシロップ、濃い。ケチケチしてない、大盤振る舞いのかき氷。最後の最後まで、器の中は水のような薄さになることはなく、口の中は苺ミルクの味と香りでいっぱいのまま食べ終える。
今日の夕飯はかき氷で済ませてしまおうかと思うくらい、お腹もいっぱいです。
かき氷の器が下げられた後には、濃いめのほうじ茶が到着。汗だくでお店についたはずなのに、口と胸のあたりが一気にクールダウンして、汗のひいた首元と冷たくなった体の中。ちょうど良い温かさのお茶が入る度、体が本来のあるべき体温に戻っていく。かき氷を食べた後に、あったかいお茶を飲むという初めての体験。口の中もリセット。でもほんのり、苺の香りが残っている。幸せな余韻。
店内にいた時間は、30分ほど。お腹も心も満たされて、外に出る。改めて、ゆっくりお店のFacebookを遡ってみると、3月には桜豆乳のかき氷、4月には紅茶レモンクリームのかき氷。6月には生メロンミルク、7月にはさくらんぼのかき氷の写真が並んでいる。「紅茶シロップは当店初めてなので、紅茶好きの方はぜひお試しください」その季節に合わせて、お客さんが喜ぶ顔を想像して、新しいメニューを増やしていく。シロップの掛け方、氷の分量。定番のメニューも、小さな改良は終わらないのだろうな。
毎年の夏、行き慣れた台湾や韓国に旅に出る時。今年はどんな冷たいものが流行っているのか、どんな新しいスイーツが登場しているのか。実際に足を運んで、見て、選んで、食べてみることは、旅の楽しみの小さくない割合を占めていた。もちろん、冰讃のように、ここに行ったら必ずこれを食べるという定番メニューのある、の間違いないお店に訪問することも楽しみのひとつ。日本でも海外でも。お客さんを喜ばせる工夫が詰まったお店で、心置きなく何かを味わう日常が少しずつ戻ってきますように。2回目のワクチン接種を前に心から願う、今週の気になるものでした。
8月も終わりに近づいてきましたね。皆様、良い週末をお過ごしくださいませ。