待合室の思い出(本編)。

おはこんばちは。飯塚です。

海外旅行もできなかった夏、二年目。
私も日本への帰国がいつになるかわかりません。

そんなご時世に旅のいい話ばかりしてもねぇ。

というわけで、2012年に私が実際体験した旅で一番屈辱的な話を今日はします。

ま、たまたま先月病室に籠らなくてはならず、退屈だったので思い出しただけなんですけど。

イギリスに行く機会がある方には参考になるかもしれません。

イギリスの入国管理は手強い。

2012年11月。

日本を出て8ヶ月。

イギリスの語学留学からヨーロッパとバルカンを巡り旅は5ヶ月。

イタリアローマからイギリスへ。

到着したロンドンの空港の入管でパスポートを見せ、滞在地、期間、目的などに答えます。
このプロセスがなかった EU圏内、確かに久しぶりの入管ではありました。

イギリス入管の厳しさは当時から有名。
そのためこちらもちゃんとイギリスから1週間後に出る航空券も用意していました。

入管の男性職員は私の旅の行程や、その先の予定を事細かく聞きます。
今回の滞在先の電話番号まで。

私の財政面も懸念事項らしい。

お金はどうしてるんだ。現金はいくら持っている。残高証明はないのか。

え、そんなの今まで聞かれた事ない。

表情に険しさを増す職員。

まるで値踏みをするように私を凝視。

パスポートの生年月日を再度確認し、

「35歳?」

「35歳という若くもない歳で仕事も辞めてこんなに長いこと旅行して、帰国して仕事なんか探せるのか?その人生のリスクをどう考えてるんだ?」

って、はぁ〜?

なんで入管如きに人生の説教されなきゃなんないの。私の旅の後の就職とか余計なお世話。

長すぎる質問と高圧的な入管の態度にこちらも不愉快MAXになり、思わず日本語で

「そんなの日本語でだって説明できないわ。」
と吐き捨てるように呟いた愚かな私。

入管は、その瞬間、
「入国なんて俺の采配次第だからな。」
という表情に豹変。

「荷物全部見せて」
と、レーンの上に移動。

係員以外誰もいなくなった広い空港のホールで、70リットルのバックパックを開けて、洋服、下着、シャンプーまで全てを見せる。
当然ながら怪しい物はない。
紙の文書は別途取られ、全てコピーするという。

荷物をまたバックパックに戻すと、今度は別室へ。

狭い取り調べ室に案内されると、今度は女性職員から旅の行程、イギリス留学時の詳細な聞き取り、今回のイギリス訪問の目的などを聞かれる。
顔写真を取られ、指紋も全て採取。

まるで私、犯罪者じゃん。

日本でだって指紋や写真を警察に取られた事はないのに。

2時間に渡る取り調べが終わると、待合室へ。

入管待合室は世界の国民性劇場。

取り調べの結果を待つ事に。
荷物は職員の目の前に置くように指示された。

待合室には既に先客が数名。

ブラジル人の男女、中近東系の若い男性一人、そして、インド系らしき中年男性一人。

インド系の男性は部屋の奥でずっと携帯電話口で話し中。

ふーん、電話しても良いんだ。

中近東系の若い男性は離れたソファーに一人横になり誰とも口を聞く様子がない。

あー、お腹空いた。

待合室の真ん中に無造作に置かれたチョコレート、クッキー、ポテトチップスの小さな袋をおもむろに掴み、食べ始める。

TVもないし、他の人と会話するでもない。
何をするでもなく、ぼんやりベンチに腰掛けた。

目の前のブラジル人の男女と目が合う。
男性が私を見ながら笑顔で何かを言うと、女性は顔をしかめて、私に話しかけた。

「ねぇ、あなた。この男、あなたの顔が好みらしいわよ。全く何考えてんでしょうね、この状況で。」

「え?彼はあなたと一緒に来てるんじゃないの?」

「いいえ、別々よ。たまたまブラジル人だけど。ノーテンキでバカな男。」

私と目が合うと笑顔でウィンクをするブラジル男性。隣りで呆れた顔をするブラジル女性。

さすが、ラテン男はナンパすら時も場所もわきまえない。

私とて、さすがにウィンク返しをするほどのサービス精神はなく。力なく中途半端に半笑い。

タイプじゃないし、仮にタイプだろうがそれどころじゃないんだよ。

入管の結果さっさと出して欲しいわ。予約した宿のベッドで横になりたい。

ずっと電話をしていたインド人系の男性、電話を切った途端に怒りを露わにして捲し立て始めた。

「信じられる?僕はオーストラリアに住んでるけど前にイギリスに2年間住んでいたの。で、今は家族がここに住んでいる。家族に会うために来たのに、入国拒否だよ。奥さんも子供も僕に会うのを楽しみにしてたのに、会えないなんてどうかしてる!わざわざオーストラリアから来たのに。一体これからどうやって家族と会えばいいんだ!」

はっ?!何その理不尽極まりない話。
家族に会うのを拒否られたってあまりにも酷くない?
この人が入国拒否なら、私なんか絶対入国出来ないよね?

それまで勝手に楽天的な気持ちでいたけれど、彼の話を聞いて実はその可能性がほぼないという事を思い知る。

しばらくしてブラジル人女性の結果が出た。用紙を持って、不服そうにまたベンチに腰掛ける彼女。

「ダメだったわ。」

「理由は?それ、見ていい?」

彼女は投げるようにその用紙を私に差し出す。

そこには、彼女は留学目的でイギリス入国に来たようだが、留学先の情報が定かではないため、入国は認めない。
と記載されている。

「留学に来たの?学校の資料とか入金の証明書は見せた?それがあれば大丈夫じゃないの?」

と、聞くと、彼女はキョトンとして

「留学?私留学なんて言ってないわよ。ま、いいわよ、どうでも。どうせダメなんだからさ。」

なに、それ。
彼女は係員と情報の疎通ができていないのでは?
係員は留学だと勘違いしたのか。

そして、私の結果も出た。

もちろん不可。

用紙には、

友人を訪ねて来たようだが滞在期間も定かではなく、所持金が少ないため、不法で長期滞在する可能性がある。

そんな見解らしい。

ま、家族に会いにきたオーストラリア人が拒否されてる時点で私の希望など絶たれていた。

もう、泣いても拗ねても仕方ない。

あー、お腹すいたな。

さっきスナック菓子をバリバリ食べたけれど、そんなじゃ胃袋は落ち着かない。

腹の虫も治らない事も相まって、空腹感が私を支配する。

職員から「夕飯なら用意できますよ」
と声をかけられ、遠慮なくカレーライスを頼んだ。
レンジでチンするレトルト食品。

私以外には食べ物を頼む人はいないようだった。

シーンと静まり返る部屋で、突然両手を広げ、声高らかに歌い出すブラジル人女性。

彼女の隣りのブラジル人男性も一瞬驚いた表情をしたものの、笑いながら拍手。

うわー、なんだこの人達!

失望感が充満した薄汚い待合室で、歌うってどういう心境?

私一人じゃなくて救われた思い。

これは個性なのか、いやきっと国民性だよな。

空腹に耐えきれずヤケ食いに走る日本人。

隙あらばナンパ、または歌わずにはいられないラテンなブラジル人。

入管の職員は日々、世界中の人のオモシロ劇場見ているのか。

なんだよ、実は楽しい仕事なのかも。

バーミンガムの運河にて。

人生初の犯罪者気分を味わいました。

硬いベンチだけが並ぶ待合室。

明朝までこのベンチに横になれという事らしい。

歯を磨くのも、職員に許可を得て自分のバックパックから歯ブラシを取らなければいけないのだった。

どこまでも屈辱感を味わう日。

窓がない待合室。
灯りが煌々とともる部屋のベンチで熟睡などできるわけもなく、朝を迎えた。

朝一の便でローマに強制送還。
待合室から搭乗口までの移動は前後に職員に挟まれブラジル人男女、中近東の若い男性、私が整列。

異様な行進は一般の乗客達の好奇の的に。

何この人達犯罪者?

いや、私なんも悪い事してないんですけど。

イギリス、マジでFu○k you!!
2度と来るか!
国ごと沈没してしまえ〜!!

と心の中で毒づきながら飛行機に乗るのだった。
ローマでも職員が待ち構えたものの、そのあとはすぐに解放。

手元にある最強なはずの日本のパスポートにはイギリス入管からの大きなX印が。

戸籍はきれいだけどパスポートはバツイチになった。

一度スタンプを押されるも入国拒否に合うとこんなバツ印がつきます。この後の旅でこれが不利になるかと思ったけれどそれほど影響はなかったのが救い。

思い出すのは屈辱感よりブラジル人のこと。

ちなみに、イギリスの入管の厳しさは有名で、特に日本人女性の場合は、イギリス人の彼氏を訪ねて不法滞在というのが当時問題視されていたのだそう。

イギリス渡航歴が頻繁、独身女性、無職、所持金が少ない、
と、全て私に当てはまる。

イギリスがこの後、ブリグジットに踏み切る程に移民問題が深刻だったという事も、当時の私は理解していなかった。

旅の中で、荷物や金品を盗まれた事はない私にとって、一番屈辱的だった強制送還。

ぶつけどころもない怒りや悲しみは陽気なブラジル人男女のおかげで薄れ、食欲だけは有り余る自分自身に半ば呆れた。

苦い思い出は今となっては甘辛い記憶。それもブラジル人がいたからに他ならない。

そういえば、南米を旅している時、ブエノスアイレス行きの夜行バスで朝、窓ごしに目が合ったトラックの運転手さん、すかさず投げキッスとウィンクを同時にしてきて眠気が一気に覚めたな。

朝っぱらから目の当たりにした国民性炸裂な芸当は、イギリス入管のブラジル人を思い出させた。

悲惨な時に共に嘆き悲しむ人がいるのは確かに慰めになるけれど、ラテンノリというか予測不能な人がいると自分の中で全く違う感情が湧く。

ちなみにバツイチパスポートは無事、パスポートの期限も切れて新しいのに更新し、結婚後に一度アイルランドからイギリスには行けました。

ブリグジット後、イギリスの入管は更に厳しさを増しているはずです。
今後旅行予定の方はどうぞご注意ください。

イギリスのソーリズベリー大聖堂。

西果て便り

(毎週木曜日更新)
世界放浪の後にヨーロッパの西端アイルランドに辿り着く。海辺の村アイリッシュの夫、と3人の子供達(息子二人、娘一人)と暮らしています。