めがね

こんにちわー。ムトーです。暑い日々が続いております。

オリンピックが終了しました。人生で一番オリンピックに興味を持った夏。

はじめに言っておきますと、しょうもない話です。。

最近、基本的にめがねをかけて出かけています。
目の前がボヤけるようになって。

3年くらい前、目が痒くなって、充血して眼科に行ったんですね。人生で初めて。結膜炎という診断で。目薬をもらって。
40手前にして初めて目薬を差して。それくらい目の不具合とは無縁の人生でした。

その時、「目が見えづらいとかってことはないですか?」とお医者さんに言われて。そういえばちょっと視力落ちた気がするな、とおもったので、それを伝えたら、「視力検査しましょうか」ということになって。「c」みたいなのでチェックしてもらったんですけど、やっぱり前よりも見えなくなっている。というか、それまで見えない「c」はなかったんです。一番下の「c」までちゃんと見えてた。両目とも2.0だったんですよ。ずっと。

その日は片方が1.2で、反対が0.7だったんです。めちゃくちゃショックで。

「え、、0.7、、、あ、、え、、、ああああ、、、、。」

動揺する僕に、お医者さんが「これかけてみて」と、レンズを付け替えられる めがねみたいのを僕に着けさせると、「これは?」「これどう?」と言いながらレンズを入れ替えていく。見えなかった「c」がくっきり見えた瞬間、「あ、いま」と僕が漏らしたのを聞いたお医者さんは「うん。めがね着けた方がいいよ。」と言ったのです。

到底、受け入れられん。

僕はそう心の中で反芻したのです。
なぜなら、僕は自分の視力に絶対的な自信を持って生きてきたからです。
先述したとおり、目薬も使ったことないくらい目が健康で、遠くの小さな文字を読むことができた。
誰も信じてくれないし、誰も信じてくれないから自分でも「嘘かもしれない」と思い始めているんだけど、僕、小学生のころ、一番後ろの席から教室の前の黒板の横に貼っていた給食献立表が読めたんです。「あー、今日、揚げパンか。」とか。たぶん、視力3.5くらいあったんじゃないかな。当時。
嘘かな、、、これ。多分、本当だったと思うんだけど。。多分、当時、献立表の紙はA3サイズじゃなくて、B4サイズだと思うんですよ、時代的に。やっぱ、この僕の記憶、嘘かな。。。

いずれにしても、それくらい目が良い、という自負があって。めがねをかける必要が生じることが信じられない。受け入れられなかったのです。

事実と向き合うことから逃げて3年。いよいよ、もう、視界のぼやけがひどくなってきました。夕方くらいになると、もうパソコンの文字が見えない。

ということで、眼鏡屋さんに。3年前に応急処置的にかんたんなめがねを購入したんだけど、全然、度があわなくて、すっかりかけなくなってて。今回はちゃんとした眼鏡屋さんに。

めがねって、どうやって買うのかも知らんし。店員さんから、好きなフレームを選ぶように教えてもらい、悩む。

かっこいい、と似合うは多分違うし。おしゃれめがねとか選ぶとちょっと恥ずかしいし、でも、ちょっとおしゃれな方がいいし。そして、ことごとく着けてみたい めがねは僕には似合わない。顔の幅の問題で。。

ということで、まあなんか、いろいろとお店のひとにアドバイスをいただき、なんとなくかっこいい めがね を購入。

でも、まだ恥ずかしくて知り合いがいるとめがねをはずす、という毎日です。

妄想旅行社ムトーツアー 代表 ムトー

ムトーツアーズ

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(隔週月曜日更新)
大分県に住んでいます。大分に遊びや仕事に来た人を案内することにヨロコビを覚える男です。