三河島。
「すみません、ソーダ水ください。」
バタバタと待ち合わせ場所の喫茶店に駆け込み、先に到着していたキヨちゃんと落ち合う。
ブリティッシュショートヘアのようなグレー。滑らかなビロードのソファーに大理石のテーブル。向かいのいくつかのテーブルは、懐かしインベーダーゲームの台。アイスコーヒーとガラスの灰皿が似合う喫茶店。
「暑いでしょう。エアコンが壊れちゃって。今直してもらってるの。あと数時間で直るはずだから、冷えるまでもうちょっと待ってね。」
オーナーのお母さんの一言に迎えられながら、久しぶりの再会を喜ぶ。
「はい、ソーダ水。お待ちどうさまです。」
大きな輪切りのレモンが入ったソーダ水。一気に、半分まで飲み干す。
「レモンの輪切り、ちょっとかじってみて。メイヤーレモンていうの。おいしいのよ。あんまり酸っぱくないんだよ。」
グラスに浮かんだレモンをストローですくい出して、果肉をちゅっと吸って皮をかじる。程よい酸味。甘みも感じる。
「うん。おいしいです。」
「そちらも、レモン食べてみる?」
「はい!」
「1枚、いくらにしようかな」
みんなで笑う。
飲み物のメニューの裏にはフードのメニューが並んでいて、そのラインナップには冷麺がある。
ここは三河島。荒川三丁目にあるウィーンという喫茶店。
思い立ったら、ひょいと世界に旅ができていた頃。年に何度も二人で韓国に飛んでいた、旅の相棒・カメラマンの衛藤キヨコの誕生日。会うのは思えば、数ヶ月ぶり。
誕生日にご飯を食べるなら、一緒に街を歩くならどこがいいかな。
町屋に用事があって、車で何度か通り過ぎていた三河島。焼肉屋さんや韓国料理の看板をよく見かけていた。調べてみると戦前から、済州島出身の韓国人の方が多く移り住んでいた場所なんだとか。おいしい韓国の食材が買えるお店もあるらしい。
旅に出た気分で街歩き。私もキヨちゃんもはじめて訪れる三河島で、バースデー散歩をすることにしました。
「ごちそうさまでした。」
オーナーのお母さんが会計をしてくれる。
「はい。ありがとうございました。レモン1枚いくらだったっけ。」
キッチンに向かって声をかけると。
「50万円です」
アルバイトの女性の声が、間髪入れずに飛んでくる。
お店を出る時、ふりかえって店内を見渡す。窓際の席でモーニングのトーストを食べている女性が一人。ゆっくりタバコを吸いながら、携帯を見ている女性が一人。テーブルにはブレンド。私たちと入れ替わりで入ってきた常連さんらしき男性が一人。ビロードのソファーは、ふんわり座り心地が良い。お母さんとの会話は楽しくて。また来たくなる喫茶店との出会いから、三河島散歩がスタートしました。
キヨちゃんと一緒に釜山を旅した時も。こんな風に一瞬で、オーナーや常連さんと打ち解けてしまったカフェバーがあった。
チャガルチ市場を朝早くから歩き回って、映画「国際市場で会いましょう」ファン・ジョンミン演じるドクスの人生を思い出しながら国際市場で買い物。そのあとは少し足を伸ばして海雲台まで。海を見ながら、コンビニで買ったCassの缶ビールを口に運ぶ。夜はコプチャン通りで、辛いコプチャンの鍋とビール。私たちのテーブルについてくれたオーナーの息子さん。高校生の時に東村山に留学をしていたようで、時折日本語を混ぜながらその時の話をしてくれた。腹ごなしに、潮風に吹かれながら歩く。坂の上のホテルまであと半分、というところにあったバーで、一杯だけ飲んで帰ることに。日本の音楽が好きなオーナーさんで、Ego-WrappinのCDを見せてくれた。後からお店に入って来たほろ酔いの女性のお客さん。おかっぱがトレードマークのキヨちゃんの髪型に心を掴まれたようで。おかっぱの髪型のアクションを何度もしながら、「さしみ、さしみ」を繰り返す。明日ご飯を食べるならここに行きなさいと、チャガルチの入り口近くにあるフェ(さしみ)のお店を教えてくれた。
思えば、その日宿泊していた釜山のコモドホテルは、「愛の不時着」第5話でユン・セリとスンジュンが再会する北朝鮮のホテルの舞台になっていた。
バーのオーナーも常連のお客さんも。皆さん元気でいてくれているかな。
喫茶ウィーンを出て左に少し行くと「キムチの高麗」がある。「四川バージョンはなかなか置いてないねん」キヨちゃんが大好きだというジャパゲティの四川風味と梅エキス。平べったいチョッカラ(箸)ってなかなかないんだよね。チョッカラ・スッカラのセットも買おう。500円なり。あ、キヨちゃんも買う?誕生日だからプレゼントするよ。
お昼ご飯を食べる前に、丸萬商店まで歩きます。行きしな、駅に向かって路地を覗きながら。尾竹橋通りを歩いていて、とても気になったお店。
小さな路地にお店が4店舗。韓国を旅している時。どの街でも必ず足を運ぶ、その土地土地の在来市場の雰囲気そのままで嬉しくなる。
「いらっしゃいませ。何にしましょうか。」
店主のご夫婦が話しかけてくれます。
キヨちゃん、セロリのキムチがあるよ。あたし、このクロ冷麺買うて帰ろうかな。長芋のキムチも美味しそうだ。もちろん白菜のキムチは買います。(セロリ、長芋、白菜のキムチ。どれも絶品でした)
「うちはポッサムがおすすめなの、どうですか?」
「では、ぜひ。買って帰ります」
牛や豚のホルモンも扱う丸萬商店さん。冷麺もたくさんの種類を取り揃えています。次に来る時には、プチトマトのキムチも梅のキムチも買って帰ろう。お散歩スタートしたばかりなのに、だいぶ買い物しすぎてるよね、私たち。
三河島に来て早々、ずっしり重くなった荷物を抱えて信号を渡ります。はじめての街に来たら、商店街はじっくり見て帰りたい。お昼ご飯を食べる前に、仲町通り商店街を歩くことにしました。
美味しそうなおにぎり屋さん。大粒のさくらんぼ、半分に切ったパイナップル。果物が充実した八百屋さん。鶏専門の肉屋さん。魚屋さんには今日のおすすめのマグロの赤身の柵が並んでいる。
「家の近所にこういう商店街があったらね。」
気になるお店の前で時折シャッターを切りながら、少し前をキヨちゃんが歩く。
「そろそろお腹空いてきたね。ご飯食べに行こうか。」
仲町通り商店街を左折して線路脇の道へ向かい、もう一度左折。また喫茶ウィーンのある通りに戻ってきた。
「東京ガーデンていうお店でチャジャンミョンが食べられるのよ。チャンポンもあるし、どうかな」
「昨日家で焼酎を飲んだら、少し二日酔いになってしまってん。スープもあるかな」
「オソオセヨ(いらっしゃいませ)。こちらにどうぞ」
チャンポン、炒飯、酢豚のセットなんていうメニューもある。しばし迷って、キヨちゃんは純豆腐チゲ、私はチャジャンミョンを注文。
「ムル ドゥセヨ(お水をどうぞ)」
「このお水の入れ物を見ると韓国に旅してる時の気分になんねんな」
少しして、グツグツと煮えた純豆腐チゲが到着。
牛のスープの味なのか、出汁がとっても濃い。
アッツアツのスープ、一瞬にしてメガネも曇るホットさ。
「カンジャン(醤油)でつけた玉ねぎがのったお豆腐。おいしいよ!」
「どれどれ。」
おかずをつまんでいたら、チャジャンミョンも到着。ツヤッツヤの黒いタレ。
こんなに韓国が好きで、何度も旅をしているのに。わたくし、本日はじめてチャジャンミョンを口にします。
何度もドラマでバラエティーで見てきた、チャジャンミョンの食べ方。混ぜて、混ぜて、もっと混ぜて。一気にかっこむ。ズズズズ。ズズズズ。
真っ黒のチャジャンミョン。とろとろに炒まった玉ねぎの甘みがたまらない1品。あっという間にお腹におさまりました。
今度は夜に来て、サムギョプサルか豚カルビの焼肉食べたいね。辛風の釜飯も美味しそうだったよ。
買い物も食事も。何度も通って深掘りしたい三河島。近所には南千住や三ノ輪など、他に気になる場所もある。
「せっかく三河島まで来たから、三ノ輪まで行ってみる?」
「いっちゃおっか。」
というわけで、このまま三ノ輪まで足を伸ばしてみることになりました。来週は、ひきつづき三ノ輪散歩をお届けします。
雨が心配な地域の皆様、どうか安全と願っております。今週もおつかれさまでした。皆様、良い週末をお過ごしくださいませ。