森林浴

ニーハオ、ニホンコンです。

海もいいけど、山もいい。

青い空とザブザブする波を見てるのも気持ちよいのですが、たまに
「緑色に囲まれたくなる」。そんなときがあります。

5月の新緑の時期、雨続きの合間のパッと晴れた日曜日なんてきたら
そりゃあ、森にも出かけたくなるものです。

我が家はちょっと車で20分ほど北上すると、割と山があったり緑が
あったりするので、それはそれでナイス。

今日は2号3号。1号は試験前なので自宅に。

入口はココ。よーくみないと分からないくらい。

よく見てみましょう。

この注意書きだけで、子どもたちひるむ。

「ちょちょちょっと、ヤだよ先頭!」と。おかーさんも嫌だ。

(なんかカワイイ、リスさん)

子どもたちは、はやる気持ちを押さえられず、ぐんぐん走っていくのだけど、
運動不足のかあさん、少し急こう配な坂道をのぼると、もうゼイゼイいって
「待ってー!」と叫ぶ。

ここはもう、森の中。

むっとするような、あの緑の匂いと、雨で湿った土の匂いが入りまじり、
嗅覚から非日常を感じる。

ああ、いいな。土の匂い、木の匂い、葉っぱの匂い、森の匂い。

ここは急に景色が変わり、なーんもないところ。ビルもなければ広告みたいな
文字情報も目に入ってこないし、色も無い。あるのは緑色と茶色と、その間
からこぼれる空の青、くらい。

よく緑を見て視力回復~とかいうけれど、ホントの意味は「余計なもの見ない
から目が疲れない」なのかも。ド近視なワタシの牛乳瓶の底みたいなメガネも
なんとかなるかしら・・

トムソーヤになった気分で登ろう登ろう言う母。でも登ったところで「景色」
があるだけなので、子どもたちは滞在時間2秒くらいでさっさと下りてしまう。

子どもたちはあっちこっちで遊びます。

いわゆる公園の「遊具!」みたいなものはなくて、もう、「ロープで作った
ブランコ!」とか「木!以上」みたいな、そんなのばかりなのだけど、
シンプルだからこそ、よけいに遊び方を工夫できるから面白い。

(5番目は木が細いから着地に注意、なんだとか)

長ーいターザンロープは、ちょっとした自然ジェットコースター。

2号ターザン。というかおサルさん。

2号ターザン、森にかえってしまうんじゃなかろうかと思うほど、遠くまで
いく。というか、ロープが信じられないほどながーーーいので、森の中に
放り出されるんじゃないかと思うくらい。

おさるのジョージのおじさん、もとい麦わら帽子のオジサンも乗ってます。

私もモチロン「アーアア~」とターザンの真似して片手離したらひっくり返り
そうになりながら森にかえりましたが、ほんと、ただただ楽しい。

自然に身を置く、身を任せるのはホントいいな。
何がいいって、余計なもの、コト、思考が一切ない。

それはもしかして大人だけが思うことなのかな、とも思ったり。

今日のご飯どうしようとか、あの人に連絡しようとか、あー、健康に
居続けるためにはどーしたらいいんだろうとか、日々色んなことばっか
考えている。

かたや、過去のことを悔やんで未来を憂いて、という思考が皆無で、
一瞬一瞬その瞬間しか生きてない子どもにとってみれば、ここは他とさして
変わらない普通の遊び場なのかもしれないな、と。

西日が差してきました。さあ、帰りましょう。

ホーホケキョの鳥の鳴き声を聞きながら、風を感じてアーアア―して、
緑と木々で目を休めて、森の匂いを胸いっぱいに吸い込む。

自分も自然のひとつである。

「自分」という言葉の由来である「自然分身(じねんぶんしん)」を
思い出しました。

自然は自分であり、自分が自然であるのです。

これを知った時、いたく感動したのですが、いたく感動するくらい、
そのアタリマエなことを忘れていた、という。

ええと、私は自然で自然が私、私は緑であなたも緑・・と頭で考える
と混乱するのでやめて、ただただ「ああ、心地よいな」の感覚で
浸ればいいのかも。

今日は、本を読んだり、新しいコトを知ったりすることも好きですが、
思いっきり真逆のこの自然という宇宙で、我に返ってきましたヨという
話でした。おしまい。

5月25日 ニホンコン

ニホンコン

ニホンコン

(毎週火曜日更新)
北京と香港に住んでました。今は湘南に住みながら中国語や異文化の先生をしています。ちなみに3人娘のおかあさん。