目を覚ますと、僕はゼリーだった。その3(完結篇)

こんにちは、山口フォトです。ゼリーのアンサー小説。完結編

アンサー小説とは、SAKRA.JPトップページに行きまして、スマホだと月の変わり目、PCで見るとカレンダーの下にあるイラスト。そのイラストからインスパイヤされた物語を紡ぐという、才能の無駄遣いコンテンツです。

書いてくれるのは、ライターでランナーの若岡くん

初めての方はこちらからお願いします。

目を覚ますと、僕はゼリーだった。その1

目を覚ますと、僕はゼリーだった。その2

はじめはそう、ゼリーの絵から始まったんだった。
9月ゼリー・10月パン・11月モンブラン・12月鍋。
小説の中にこれらが必ず出てきます。

それでは完結篇です。どうぞ。


日付なし

気がつけば鍋のおいしい季節になっていた。それでも、感染症の流行は終わらないし、僕の状態も変わりない。相変わらずゼリー人間のままだ。

写真嫌いで自分の写った写真を残していなかったこともあり、以前の自分がどんな顔でどんな体つきをしていたのか、おぼろげになってきた。半年というのは、それくらいの時間なのだろう。

決して短くない時間が過ぎてきたのだけれど、独りでひっそり生活をしていても怪しまれないものだ。どこかのタイミングで誰かに見つかって騒ぎになるだろうと思っていたのに、今のところそんな素振りもない。

白状するとここ2か月ほどは、夜にこっそりと散歩をするようになった。寒くなり、毎日鍋でもいいなと思っていたものの、3日もすると飽きてしまった(それでも、今日も鍋だったのだが)。それと同じで、ゼリーになったばかりは、毎日が非日常的に感じられたのだが、不思議なもので慣れてしまうと非日常も日常になってしまっていた。

そこで、厚着をしていても目立たない時期になったのをいいことに少しずつ家の外を歩き、徐々に行動範囲を伸ばしていたのであった。

マスクをして出歩いていても怪しまれないし、僕のように帽子を深くかぶっている人もちらほらいる。警察から職務質問されたときのために、地図を見て逃げ道を頭にたたき込んでおいたが、そんな心配もなかった。僕が変わってしまったように、世の中も大きく変わっていたのだ。

*****************

昨日は深夜のコンビニにも入ってみた。これは本当に緊張した。店の明かりが見える範囲から近づく間、ずっと冷や汗が止まらなかった(汗なのか、ゼリーの水分なのか、よくは分からないのだが)。

ドアを開ける瞬間などは、息が止まり、立ちくらみがしたほどだった。耳の奥からキーンと高音が響いている。倒れ込まないように、立ち止まって耳鳴りが収まるのを待った。

ゆっくり呼吸するように意識して、自分を落ち着かせる。深夜のコンビニなんて、いろんな人間がやって来るんだ。ゼリー人間なんて、そのうちの1人にすぎないんだ。たいしたことじゃないんだ、と言い聞かせて、ようやく中に入ることができた。

店内には、以前見ていたのと変わらない光景があった。レジの前に、ビニールの壁ができてはいるが、それ以外は特に変わりはなかった。

レジカウンターの向こうには店員が1人。入店を知らせるアラーム音がずっと鳴っていたはずなのに、こちらを警戒する様子もなく、ずっとスマホの画面を見続けていた。だらしなく伸びた茶髪は毛先が痛んでいて、根元は黒々としている。プリン髪の店員は、下を向いて携帯電話をいじっているせいか、ほつれた髪が視界に入るようで、その度に耳にかけ直している。その時に僕の存在に気づいたのか、プリン男は視線をこちらに向けたものの、すぐにスマホの液晶に意識を集中させるのだった。

雑誌コーナーに並べられた週刊誌を広げ、パラパラとページをめくる。グラビアアイドルが判で押したように、水着姿でほほえんでいる。自分でもよく分からないが、なんだか苛立たしかった。彼女たちが悪いわけではないが、びっくりするくらいに変わっていないのだ。

世界も、僕も、こんなに変わったというのに。印刷された紙の上では、なにも変わっていないように見えて腹立たしくなったのだ。週刊紙を閉じて乱暴に棚に戻して、冷蔵品の棚へ。

ゼリーが並んでいた。自分の肌を見慣れてしまったせいか、グラビアアイドルの肌よりも、透き通ったゼリーを見ている方が違和感はない。

もう満足して帰ってもよかったのだが、深夜の散歩に加え、すんなりコンビニに入れたという成功体験に気をよくしていた。せっかくここまで来たのだ。買い物をして帰ろう。大胆になっていた。

目当ては生菓子だ。保冷された棚に並ぶスイーツは、自宅に引きこもっていて食べられなかったものばかり。品出しが終わったばかりなのか、それとも売れ行きがイマイチなのか、棚は商品でいっぱいだった。ありがたい限りだが、モンブランと書かれたポップはあるのに、商品自体はなかった。

ないと分かると食べたくなるが、何度見てもないものはない。たぶんポップを取り忘れていただけなのだろう。ポップに刻まれた「期間限定」の文字にひとつの季節が終わったのだと、しみじみ感じてしまう。

手ぶらで帰るのもなんだから、サイダー味という青色のゼリーを手に取ってレジに向かった。もう5歩ほどでカウンターという距離のところで、横から人影が。

「セーフ」

大きな声をあげ、両手を水平に伸ばすジェスチャーを取る。

野球の審判のような動きだが、会社員なのだろうか、トレンチコートを羽織ったスーツ姿の男だった。割り込むようにしてレジ前に走り込んできた。左耳にかかったマスクが男の動きに合わせて、ひらひらと宙を舞っていた。

かなり酔っているようで、耳まで真っ赤だ。変に絡まれてゼリー人間であることを大声で伝えられてはかなわない。目を合わせないように(目もゼリーなので分からないはずだが)顔をそむけておにぎりの棚を物色するフリをする。

「いやあ、これだけ走れたら盗塁王も目指せちゃうな」。スーツ男は誰に話しかけるでもなく、声を張っていた。自分の独り言に、ひとしきり笑ってから、右手の先にある重みに気づき、ビールの6缶パックを見つめる。ようやく用件を思い出したのか、あるいは単にビールの重みがダルくなったのか、レジにビールパックをのせた。スーツ男の左耳にはマスクがぐったりとうなだれていた。無理やり酒に付き合わされた哀れな部下のように、マスクは本当にぐったりとしている。口元を遮るものがないスーツ男は、なおも訳のわからないことをわめいていた。

レジ向こうにいるプリン男は、露骨に嫌そうな表情だ。ただの酔客でも面倒なのに、マスクをしていないのだ。早く帰ってほしいだろうに、スーツ男は「あれ、財布はどこかなあ。あんた知らない?」などとマイペースなまま。コートもスーツも探すものの、財布は見つからない。プリン男が心底うんざりしたように、短かく答えて帰らせようとするが、「んー、ビールがないと困るんだよねええ、ツケにできないの?」。ため息まじりに首を横にふるプリン男。

「こんなに髪が長いんだから、俺に髪を分けるか、ビールを飲ませてくれてもいいだろ」と、スーツ男はもはや意味不明なことを口走っていた、プリン男は耐えかねて舌打ちを鳴らしてしまったのがまずかった。

スーツ男が一気に激昂して、プリン男の胸ぐらをつかんで殴りかかったのだ。後ろから一部始終を見ていた僕は咄嗟にスーツ男を羽交い締めにして動きを抑えていた。

暴行沙汰が起これば、僕自身は無関係でも、警察から事情くらい聞かれるかもしれない。それは避けたかった。

面倒ごとをおさめるために、僕がビールの代金を支払った。「それじゃあ男が立たない」と、くだを巻くスーツ男。ぐねぐねと上半身を揺らしながら話している。こちらを向いているものの、焦点が合っていない。膝から崩れそうになったのを、あわてて僕が支える。すでに足腰が立っていないのに、男が立たないもないだろう。奥にいるプリン男は、自分が応対しなくてよくなったのをいいことに、気配を消して入り口の方に視線を向けていた。

「申し訳ないから、俺がお金を払うから」

またポケットをまさぐるスーツ男。もちろん、なにも出てこない。

「あれっ、財布がお出かけしちゃったのかなあ。兄ちゃん、行き先知らない?だはははー」

1人で話し続ける酔っ払い。つばを飛ばし、口角についた泡が嫌悪感を掻き立ててくる。左耳のマスクはいつの間にか、どこかに消えていた。いよいよ面倒になった僕は、適当な電話番号を書いた紙を渡すことにした。立て替えた分を払うなら後日ここに連絡をくれればいいから、とスーツ男のポケットにねじ込んで帰らせた。

スーツ男の体をくるりと回転させ、その両肩を押さえてドアの方まで歩かせる。なにかよく分からないことをわめいていたが、がっしりと肩をつかまれていることで観念したのか、やけにおとなしくなり、ビールを片手に千鳥足で出て行った。

店内に静けさが戻った。しっとりとしたクリスマスソングが流れていた。

仕切り直して、ゼリーを持ってレジに向かう。すべての動きを止めていたプリン男は、僕がカウンターの前に来たことで、再び動き出した。ロボットのごとき無関心である。先ほどまでの騒動などなかったかのように、バーコードリーダーをつかむと、ふたたび動きを止めてしまった。

カウンターにゼリーを置く。バーコードを読み取り、プリン男がボソボソと金額をつぶやく。小銭を手渡し、おつりのやり取りになって、プリン男と目が合った。一瞬だけハッとした表情を見せたのだが、すぐに元の無表情に戻り、カウンターの天板へと視線を落とした。感情を外に出さないように訓練されているかのような素早さだった。

違和感を覚えながらも、ゼリーをポケットに入れて帰ろうとして気づいた。入り口の外にかぶってきた帽子が落ちていた。思わず頭を左手でなでる。当然のことながら帽子はなく、つるりとした感触が手に伝わってきた。

今度は僕がハッとする番だった。首だけを回してレジの方を見る。プリン男は退屈そうにカウンターを見つめていた。何も見ていないし、何も起きなかったという意思表示のように見えた。

スーツ男がつばを飛ばすのには、顔をしかめていたのに僕の存在などは、さして気にならないのだろう。確かに、彼に害を及ぼしたわけでもないし、驚いて大騒ぎしたところで、今夜の勤務が面倒になるだけだ。

彼の気が変わらないうちに、さっさと帰ろう。小走りになった僕は、自動ドアにぶつかりそうになりながら、そそくさと店を後にした。

今夜は運がよかっただけで、次は騒動になってしまうかもしれない。あるいはマスクをしていないことの方がよほど大事件で、こんな体のことなど誰も気にしないのかもしれない。僕の体が変わってしまったように、世の中は変わってしまったのだ。

明日の朝、目が覚めると、元の体に戻っているかもしれない。このままかもしれない。先のことは分からない。ゼリーのままだとしても、僕はまたこうして外を出歩くだろう。嫌が応にも受け入れて日常を過ごしていく以上は。